一年目 ハル(八)


 ミヨは目を覚ます、長いようで短かった夢から。

 いつの間に眠っていたのか記憶が無かった。ただ新しく目を覚ましてから分かったことが一つあった。

 マヒロと目が合った。

 ミヨから見たマヒロは見上げていて、マヒロはミヨを上から見下ろしていた。

 そして、人の体温をミヨは感じた。ミヨはマヒロに膝枕をされていた。認識した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。


「おはよう、ミヨ」

「……お、おはよう」

 ミヨと視線があった瞬間、マヒロはニカッと笑って優しい声で言った。ミヨは心臓をバクバクとさせて、言葉を詰まらせて言葉を返した。

 離れなくてはと思う心と裏腹に、吸い込まれそうな【水のように澄みきった宝石のような美しい碧色】に目が奪われて動けない。このままずっと見つめていたい、この温かさから離れたくないとミヨは思った。

「顔色、良くなってるな。よかった、安心したよ」

「……うん」

 マヒロは真っ直ぐにミヨを見ている。ミヨだけを見詰めていた。


「(……私だけを見てくれる、私だけの宝物。私だけの……)」

 ミヨの手は無意識のうちにマヒロの顔に触れようと動いていた……

「!? (って、……私、一体何をしようとしてたの!?)」

 手を思わず反対の手で、動いていた腕をガシッと掴んで降ろした。勢い良く起き上がって距離を取るために走ろうと立ち上がって、足を一歩、ニ歩と走り出そうとして……

「 わっ!?」

 ミヨは何もないところで躓いて、そのまま体制を崩し転んだ。盛大に顔から地面に顔を突っ込んだ。

「(……穴があったら入りたい)」

 そうミヨは思った、心から。


 その後、マヒロに傷の確認や軽い手当をしてもらった。幸いかすり傷だったが、ミヨの心はかすり傷どころか一生忘れることのできない恥を心に刻みつけていた。

「びっくりさせてごめんな」

「……こっちこそ、ごめん」

「怪我、大したことなくてよかった。突然のことで対応出来なかった。ごめんな」

「……転んだ私が悪いんだよ、マヒロは悪くないよ」

 マヒロに謝らせてしまいミヨは申し訳なくなった。…と同時に思ったことがあった。

「……マヒロでも対応できない事あったんだね。ちょっと意外」

「…当たり前だろ? 俺だって出来ない事たくさんあるに決まってんだろ。俺をびっくり超人とでも思ってたのか?」

「うん」

 ミヨは珍しく即答した。マヒロは驚いたような顔をしたあと、笑った。

「いやいや、そんなわけないだろ。機械じゃないんだからさ」

「……私、なんでもマヒロはできると思ってた。……私にできない事、全部上手くできて失敗もしないんだって思ってた」

「俺はスーパーマンじゃないし、超人でもないよ。それに俺はミヨみたく魔法は使えない。ほら、俺よりうまくできることミヨもあるだろ?」

「……魔法しか取り柄ないよ、私」

「何言ってんだよ、取り柄一つあれば十分すげぇよ。魔法使えるんだぞ? あんな綺麗ですげー魔法をさ」

「……そう、なのかな」

「それに俺よりも頭がいい!」

「……そう、かな」

「ほら、これ二つだ。俺にできなくてミヨにできること」

「……んー」


 それでもミヨは思った。ミヨよりも圧倒的にできる事は多いのではないかと思ってしまったので、微妙な顔をしたのをマヒロは見てまた言った。

「なぁ、ミヨ? 誰にでも、なんにでも出来ることと出来ない事って絶対あるんだぜ」

「……そう、なのかな」

「そうだよ。それが人によって一つとか、二つとか…もっととかさ、違いはたくさんあるとは思うけどさ」

「……そっか」

「それが大きいか小さいか、多いか少ないかで全部比べるもんじゃないんだ」


「できる事の使いどきってそれぞれだろ? 俺が料理を作るときにミヨは魔法使わないだろ?」

「うん」

「…で、ミヨが魔法を使うとき、俺は料理をしないだろ?」

「……うん」

「俺は頭わるいからそのへんうまく説明をさ、こうでき出るかわからないけど……、使うべく時にできる事を自然とするもの…だと、俺は思うんだよ」

「……大丈夫、ちゃんと分かったよ。マヒロの言いたいこと」

「よかった! で、そのあれだ…。だから、比べるもんじゃないってことを俺は言いたかったんだ」

「……うん」

「そりゃあさ、人間落ち込むことだってある。すぐに変われないこと、受け入れられないことだってある。当たり前だ、考え方や感じ方や受け取り方…みんな同じじゃないんだから」

「……できる事とできない事と同じだね」

「だな! だからこそ補い合って、支え合って、話して分かろうとするんだと思うんだ。言葉にしないと伝わらない、まぁ……言葉にしたって分かり合えないやつも、受け入れられないやつもいるよ」

「……」

「そういうやつとは元より補い合えないし、残念ながらすげー長い時間かけないと分かり合えない。時間があっても分かり合えない場合もあると思うんだ」

「……そう、だね」

「そういう場合はご縁がありませんでした。さようならって別れるしかない、諦めて離れるしかない。自分を簡単に変えられないのと一緒で、相手のことだって簡単に変えられない。生きてきた時間や体験したこととか…何から何まで違うんだからさ」

「……逃げることにならない?」

「逃げることだって選択肢の一つだし、大事なことだ。自分を守ろうとするのは当たり前のことだと思うんだ」

「……防御、すると思えばいいの?」

「そういうことだ。大事なのは逃げたあとどうするかなんだよ、きっと。いつか再び戻って話し合って、ぶつかって、また逃げることになるかもしれない。そのまま忘れたっていい、逃げ続けるのもだっていい」

「……」

「それで苦労するかもしれないし、苦しむこともあるかもしれない。だとしても、ひとまず逃げたことは間違いじゃないはずなんだ」


「変化すること、変わることは誰だって怖いものだろ。多分、簡単じゃない」


「俺が言ってることが全部正しいわけじゃないけどこれが俺の考え方というか、受け入れ方というかそういうこと…なわけだ。んー……、なんだか恥ずかしいな」

 ここまで言ってマヒロは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「とにかく、その……励ましたかったんだ。ミヨを…、俺って頭良くないからさうまく言えなくてごめんな」

「……励まそうとしてくれたの分かる。それにマヒロは頭悪くなんてない、ちゃんと考えてるよ。……少なくとも私にとっては……」

「?」

「……やっぱ言わない(……恥ずかしいから)」

「え!? すげー気になるんだけど!」

「……マヒロが私に伝えようとした事を私の中で、整理して……、受け入れられるとこを受け止めて……、ちゃんと言葉にしてマヒロに伝えられるようになったら……言うよ」

 ミヨの言葉を聞いてマヒロは、そっかと優しく笑ったて頷いた。

「じゃ、ゆっくり待ってるよ。ミヨの隣で」

「……うん、ゆっくり待ってて。私の隣で」

 お互いにそういった後、同時に笑った、心から。



「私から目を離さないで、私だけを見てて」

 突然マヒロが言った一言に驚いてミヨは目を丸くした。

「そう俺に言ってくれただろ? あの時のミヨ、すげーかっこよかった」

「……」

「あの時、決めたんだ。絶対にミヨから目を離さない、守るって……そう決めた」

「……へ」

 ミヨはヨロヨロと立ち上がり一歩、ニ歩歩いた後、振り返った。


そして……


「マヒロのバカ! ……ありがとう」

 ミヨは顔を真っ赤にして声を大きくしたあと、ニッコリと嬉しそうに笑った。


 笑顔は人を幸せにする、それは魔法なのだろう。

 そのイロはきっと【幸せイロ】

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シキサイの魔女 銀猫 @GinNeko22

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