一年目 ハル(七)


「俺、イロってやつがどんなものか見てみたいんだ。だからさミヨがよかったらだけどさ…俺に魔法かけてくれないか?」

 マヒロは真っ直ぐな瞳でミヨを見て言った。

「……マヒロに魔法を?」

「俺は魔法がどれくらい難しいかも大変かもわからないから、嫌だったらいいんだ。ちょっと興味があっただけなんだ、ごめんな」

 ミヨのキョトンとした反応を見たマヒロは慌てた様子で手を振って謝罪をした。


「……分かった」

「……へ?」

 ミヨは少し考え込んだ後、意を決して言った。その言葉にマヒロは驚いた様子で、口をポカンと開けて素っ頓狂な声を出した。

「……そんなに驚かれるとは思ってなかった」

 マヒロのその様子を見てミヨは思わず小さく笑ってしまった。ミヨは立ち上がってパタパタと埃を払い、黒猫を呼ぶ。

 ミヨは座っているマヒロの前に立つ。そのミヨの様子に戸惑うマヒロを見て言う。

「……掛けるよ、魔法。……あ、えっと、違うかな……」


 ミヨは息を大きく吸い込んで深呼吸した、そして真っ直ぐに目を見つめてマヒロに言った。

「……マヒロに魅せたいの、イロを。……私から目を離さないで、私だけを見てて」

 そう言ったミヨの姿を見たマヒロは、そんな言葉が無くとももうすでに…釘付けだった。ミヨの自信に満ちた強く優しい笑顔に、見惚れていたのだから。 



 ミヨは……

 深く深く息を吸い込んで、ゆっくりと目を閉じ意識を集中させる。

 その瞬間、周りの音は一気に遠くなり無音の世界に変わった。


 ミヨは息を吐くのと同時に目を開く。

 そこには雲一つない大空、足元には見渡す限りの水面。水面は鏡のように空を反射し、まるで空に挟まれているかのようだった。

 そして少し先の方に目線を向けるとそこにいたのは、マヒロだった。

 ミヨはゆっくりとした足取りで一歩、一歩マヒロの元へ歩み寄る。その度、足元には波紋が広がった。


「ミヤ、おいで」

 マヒロの前に辿り着ついてミヨは足を止めた。

 ミヨは澄んだ真っ直ぐな声で肩に乗る黒猫の名を呼んだ。主人の声に反応するように黒猫は鳴いた。


___……チリン

 鈴の音が響く。ミヨの足元には一際大きな波紋が生まれる、何度も何度も……呼応するかのように。


 スッと腕を真っ直ぐ前に伸ばす。その様子は指先まで絵画のように美しい。

 黒猫は光を帯び主人の肩から手へ駆ける。主人の手に触れた瞬間、長い杖へと姿を変える。

 その杖は傷一つ無くミヨの身の丈よりも長く、杖の上部には無色透明の水晶体が埋め込まれている。


___……トンっ

 ミヨはその杖を握り、棒先で水面を叩いた。足元の波紋がパタリと止んだ瞬間に、一陣の強い風が吹いた。

 ミヨの長い漆黒の黒髪が靡いて、普段は長めの前髪で隠れた雪色の目を大きく露わにする。

 息を一息。次いでミヨは力強く、凛とした声で告げる。


『 私は色彩の魔女を継ぎし者 』

 杖を高く、高く掲げる。


『 今は眠りし尊き色彩よ、私の声を聞け 』

 水晶体が強い輝きを放ち、そして徐々に色彩を帯びていく。


 目を閉じ、大きく息を吸い込み、息を止める。しばらくの間をおいて高らかに、真っ直ぐに告げる。


『 魅せて、貴方の色 』

 杖の棒先を水面に強く突き立てた瞬間、水晶におびた色彩を光の帯びと共に飛び出す。一直線に空へ、迷い無く。

 そしてマヒロの上空に波紋が生まれ、マヒロは驚いたように空を見上げた。その瞬間空から光を帯びた一粒の雫がマヒロの瞳に落ちた。

 マヒロの足元に波紋が生まれ、瞳にイロが彩られていく……


 瞬間、強い光に包まれてミヨは反射的に目を閉じた。



 次に目を開いた時、見えたのは……マヒロの瞳に彩られた【水のように澄んだ宝石のような綺麗な碧色】だった。

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