一年目 ハル(六)


 目覚めた少年とミヨは木陰の腰を掛けられる場所に移動をした。

 途中会った水辺でハンカチを濡らし、黒猫に引っ掻かれた少年の顔の傷をミヨは優しく拭いた。少年の傷は幸いにして大した傷ではなく軽傷であったのを確認してミヨはほっと胸を撫で下ろした。


 ミヨと少年は木陰で食事を取っていた。

「ありがとな! 助かったよ」

「……生きてて、よか…ったです。……簡単な食事しか、その……無くて、ご、ごめんな……さい」

「いいんだよ、そんなこと気にしなくて。助けてもらっただけでもありがたいよ!」

「……はい」

 久しぶりに誰かと対話をするミヨは目も合わせられずに下を向いたままで、辿々しく少年と会話をした。緊張で声が上擦るたびにミヨは恥ずかしさからさらに俯いた。


「えっと、名前はなんて言うんだ? 俺は……、あれなんだっけかな名前? んー……」

 少年が自らの名前を思い出せずに唸っているのを見てミヨは頭でも打っているのかと心配になった。

「ごめん、名前思い出せなさそうだ」

「……あ、はい。……どこかで頭打ったのかも、しれない、…から。……えっと」

 ミヨは言葉に詰まってしまい更に深く俯いた。

「んー、まぁ俺のことはいいよ。で、名前は?」

「……あ、はい。ミヨ……です」

「ミヨか! よろしくな!」

 ミヨは少しだけ顔を上げてこくりと少年に頷いた。ミヨと目が合った少年はニコッと優しく笑った。


「ミヨ、変かもしれないんだけど……その、俺に名前をつけてくれないか? ほら、呼ぶときにさ困るだろ?」

「……え。……な、まえ?」

 ミヨはキョトンとした顔をして思わず少年の顔を見た。

「あー、うん。変だよな、えーっと……とりあえずってことでさ、何か考えてくれないか?」

「……えっと、はい。……考え、ます」

 ミヨは少年の提案に戸惑うようにまた俯向いたが、了承して頷いて名前を考え始めた。少年はその様子のミヨを急かすことも無く、見守るように言葉を待った。

 しばらくの間、長い沈黙が続いた。


「……マヒロ」

 ミヨはポツリと一言、口に出した。その名前を口にした瞬間、何故だかミヨはその名前は昔どこかで聞いた……とても懐かしい名前のような気がしたけれど思い出せなかった。

「あ、えっと……な、名前」

 ミヨは口にした言葉の補足をした。恥ずかしさからか顔が熱くなるのを感じた。

「マヒロ……ど、どうです……か」

「マヒロか、うん。マヒロ! いいな!」

 少年は弾けるように嬉しそうな笑顔で笑った。ミヨはその笑顔を見て懐かしい…と感じた。

 眩しいくらいの笑顔にミヨの心に光が差したような気がした。


 その後、マヒロと名付けられた少年とミヨは色んな話をした。

 マヒロはどこから来たのか、なぜ倒れていたのか、身の上のことを何も覚えていないようだった。

 身の上のことは覚えてはいないが料理、家事などのほぼ全般をこなせると話した。マヒロが出来ることは全てミヨが苦手とすることだった。


 ミヨはマヒロに自分のことを話した。色彩の魔女の弟子であること、その師匠が最近死んだこと。旅の目的と使命、託されたこと……、とにかく色んなことを話した。その全ては辿々しく、とても不器用だった。

 それでもマヒロは優しく、暖かく、一つ一つの言葉を全て受け入れるように聞いた。

 ミヨは魔法にかかったかのようにマヒロと話せるようになっていた。話すことが苦手で引っ込み思案だったミヨはマヒロに驚くほどあっという間に心を開いた。

 最初こそ緊張していたがほんの少し、控えめに笑えるようにもなっていた。


 ミヨは孤独だった心が満たされていた。それはもう溢れかえるくらいに、満たされていた。

 まるでマヒロは自分のために現れてくれたヒーローなんじゃないか……と、までミヨは思ってしまうほどに。


「(……そんなわけ、あるわけないのに)」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る