三つの(不要な)願い事

かなぶん

三つの(不要な)願い事

 春の新生活に向けて、引っ越し作業の真っ最中。

「よし……と?」

 一つ片付いたと立ち上がり、伸びをした真琴まことは、視界の端に妙なものを捉えた気がした。気のせいとは思いつつも、そちらを向いたなら、明るい昼の日差しが入るカーテンレースを背景にした、まだ片付けていないテーブルの上、見覚えのないモノが鎮座している。

(なんだ? これ……)

 何と形容すれば近いものになるだろう。

 童心に返って粘土工作始めた大人が、急に自分の腕試しし始めて挫折した失敗作――よりもなお失敗した感のあるソレ。

 すなわち、ゴミ。

 数秒戸惑いはしても、ここには自分しかいないのだから、誰に聞く必要もなし。

 ゴミ袋と火ばさみを手にした真琴は迷いなくソレを捨てようとし、

「ちょっと待ってくれ!!」

「!?」

 知らない男の声と共にソレから立ち上る、なんとも妖しい煙。

 真琴は即座にゴミ袋と火ばさみを手放し、口元を押さえながら玄関のドアを開けようとするが、

「だから、ちょっと待ってくれ!!」

「うわっ!!?」

 いきなりゴツイ手に手首を掴まれ、慌てて腕を振る。

 簡単に離された手首を胸に抱き、ゴツイ手の持ち主から距離を取りつつ見たなら、全く知らない筋骨隆々の半裸の外国人がそこにおり、はっと気づいて言う。

「あ、思ったより臭くない」

「失敬な!」

「いや、アレからヤバそうな煙が出たから……うわ」

 見知らぬ大男よりも毒ガスではない安堵に例のブツへ目をやったなら、ソレから出ている煙が男の身体と繋がっていることを知り、真琴は思いっきり嫌な顔をした。

 別段、こういう場面に慣れていて、この後どうなるか知っているとか、そういう訳ではない。ただ、この手の話にありそうな出来事が目の前で起きて、心底嫌な気分になっただけだ。

 ――こちとら引っ越し作業で忙しいってのに、面倒臭ぇ。

 目どころか顔全体でそう語る真琴を前にして、煙から出てきた大男がたじろぎながらも咳払い。

「あー、ワシは魔人だ。えー、幸運な主よ、お主の願いを三つだけ叶えよう」

「結構です。忙しいんで。どうぞお帰りください」

「待て待て待て」

「じゃ、三つとも願いは全部、帰れ帰れ帰れ、で」

「いや、同じ願い事はルール上無理だ……そ、そうだ、引っ越しの手伝いなら」

「得体の知れないヤツに私物障られたくないです。変な因縁ついたらイヤなんで」

「そ、そうか……」

「という訳で、とっととお帰りください。そういうの、間に合ってますから」

 嫌いな動物を追い払うように「しっしっ」と手を振る。

 それでなくとも手狭なアパートの一室に大男は邪魔だった。

 しかし魔人は食い下がる。

「まあ、待て。だとしてもお主は三つ願う必要がある。そうでなければ、この部屋から出られんようになっておる。そういう仕様だ」

「マジかよ……」

 なんという厄日。

 今日中に荷物を纏めておきたかったのに。

 魔人の言葉を確かめる暇も惜しいと、仕方ないのでぱぱっと願い事を考える。

「じゃあ、まず第一の願い」

「よし」

「その筋肉量を減少させてください。ただでさえデカいのに、筋肉のせいでなお暑苦しい。しかも仮にも女性の前で半裸とか恥を知って欲しい。圧迫感が酷い」

「わ、分かった」

 何故と問う暇も与えず、願う理由を願い以上の言葉で責めれば、気圧された魔人がおずおず頷いた。と同時に、魔人の姿が平均的な男性の筋肉量まで落ち、ついでに黒いシャツを羽織り出す。

「そのシャツは?」

「第一の願いのおまけだ。お主が恥を知れと言うから」

(チッ。どうせなら第二の願いにしとけばいいのに)

 魔人の気遣いも、さっさとこの時間を終わらせたい真琴にとっては無用の長物。

 そもそも、何故自分一人がこんな目に遭わなければいけないのか、そんな風にまで思ったなら、ふと魔が差した。

 ――自分以外の誰かにも、この面倒を被せてやりたい。

「第二の願いは、私に尽くす、私にとって都合のいい相手を一人、今この場に来させて。私がどんなことを言っても聞いてくれる相手を」

「いいだろう」

 付け加えた条件は蛇足だ。必要なのは、ただただこの状況に一緒に巻き込まれてくれる人、それだけ。

 しかし、待てど暮らせど、この場に誰かが現れることはなかった。

「……なるほど。どうやらその相手とやらはワシのようだ」

「は?」

「願いでもって尽くす、都合のいい相手。特に人間という指定もなかっただろう?」

「ふざけ――」

「さて、では最後の願いだが」

「…………」

 どうやら願い自体は消化はされたらしい。

(……まあ、考えてみりゃ、誰に来られても後で困るのはこっちか)

 一時の魔で、更なる面倒を引かなかったのは幸いだったかもしれない。

 思い直した真琴は、早速第三の願いを口にする。

 絶対願わなければならないと言われた時から、絶対最後はコレと決めていたことを。

「第三の願いは、私の住む世界から目の前の魔人を消して。今すぐに」

 大体のこの手のお話では、全部叶えて人生台無しルートか、三つ目に願いを叶える機会自体を消すことで日常に戻る生存ルートがある。元々、勝手に出てきた魔人に絡まれただけの真琴なのだから、選ぶのはもちろん、生存ルート一択。ちなみに「私の住む世界」とわざわざ付け加えたのは、「私の目の前から」では、自分一人が消される、つまり死んで終わる可能性を潰すため。

 この願いに難点があるとすれば、それは魔人がどう判断するか。

(さて――と?)

 ここが正念場と意気込みかけた真琴だが、目の前の魔人が何も言わずに消えるのを目の当たりにして目をぱちくり。

 テーブルへ視線を移し、そこに何もないことを確認して、もう一度ぱちくり。

 最後に、玄関の扉が開くのを確認しては、

「……よし、再開するか」

 あっさりと全部なかったことにした真琴は、言葉通り、引っ越し作業を再開した。


 そうして無事、引っ越しが完了して翌日。

 初めての場所で迎える朝にて。

「……なんで、アンタがここに?」

「いや、どうも一連の願いのせいで魔人としての能力は消えたが、人間になってしまったらしく……。まあ、なんだ。願ったのはお主な訳だから、これからよろしく頼むぞ――尽くされる側の伴侶として」

 さしもの真琴も、我を忘れて絶叫したのは、言うまでもない。

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