傭兵と一人の少女

かるしっくす

第1話

 深い森の中、少し開けた湖のほとり、一筋の光が差した場所で俺は

砥ぎ石で古びた剣を研いでいる……


 静かな場所に石と剣の音だけが聞こえ

その音は深い深い森の中へ消えていく……

 俺の足元には新しい荷物の山、バラバラになった肉体、無数の切断された頭

俺は研いでいる……ひたすら……古びた剣を。


 するとどこからか木が擦れ、ざわざわと此方に向かってくる気配がした

俺は足元にある頭を蹴り飛ばし、剣を構え、そちらへ切っ先を向ける。

 静かに静かに呼吸を消し、剣と一体になって、殺気を向ける。


 ザッ!


 木々の間から人影が見え、草むらを踏み潰し、動物のようなものが此方へ向かっていた。

 一瞬の出来事だ、長い髪の子、小さな体、泣きそうな顔、なぜこのような所に

少女がいるのか……不思議だった。

 俺はとっさに剣を下ろし少女にタックルをし、肩に抱えた。


「ヒッ!いや!いや!殺さないで!」


 少女は暴れに暴れ、俺の体や頭を殴る、だが痛くはない。


 少女を下ろし会話をしようとした瞬間だった。

少女の来た所から、また草木が揺さぶられる音、それと五つの足音が聞こえてきた。

 俺は少女を湖へ投げ、急いで剣を構える。


「お前は!」


 木々の間から出てきたのは、剣を手にした、野暮ったい姿のアンダル兵だった。

アンダル兵……この深い森より西にある、帝国。

 近隣の国を侵略しては、殺戮の限りを尽くし、植民地にしていく野蛮な国。


 男達は剣をこちらに向けながら、俺を取り囲む。

俺の足元には、男達のバラバラになった死体。言い訳はできない。

一気に殺気が此方に向かってくる。


「その死体はアンダル兵のもの……貴様……」

 

そう、アンダル兵……アンダル……俺の仇敵。


 次の瞬間、一気に五つの白刃がこちらに向かってくる。

後ろへ退き、すべての刃を躱す。だがアンダル兵も素人ではない、

五人の肉体が、右から左に舞うように、次々と刃が此方へ向かってくる。

 俺の足元は行き場を無くし、湖の水に浸かっている。


 俺は剣を右から左へと持ち替え、左から斬りかかろうとして来るアンダル兵に

白刃を走らせるように斬りつける。次の瞬間、手と頭が切り離されたアンダル兵の首元を掴み

正面のアンダル兵へと投げつける。三人のアンダル兵が投げつけられた肢体に、態勢を崩されている。

 俺の右手にいるアンダル兵は、屈せず刃を突き立ててくる。それを体を縦にして避け、左から右へ

剣を叩きつける。


 二人の刻まれた死体が、湖のほとりに増えた。


「まっ……待て……その少女を渡せば報酬を払う!金100枚だ!」


 興味などない。俺は湖に落ちたアンダル兵の剣を拾い上げ。

投げつける。今まで口を開いていた顔は真っ二つになり肢体は力なく地面に倒れた。


「ひぃ!」


 残りの二人のアンダル兵は顔を恐怖に染めて、背中を向け逃げてゆく。

 俺は自分の剣を投げ、もう一人の体を地面に倒した。

 そして呪文を唱えた。


「風の王よ、疾風の剣を我に!」


右手に風を集め、残りのアンダル兵に向け手を下す。

すると、風は逃げてゆく体を7つに切り刻んだ。


 俺は自分の剣が刺さった体の元へ行き、剣を捩じり抜き

鞘へ納めた。


「ケッホケッホ!」 


 湖から少女が上がってくる。俺は少女の小さい手を握り

少女の体を湖面から引き揚げた。

 少女は怯えた顔をしている、誰を恐れているのか。

しかし、追跡者の無残な遺体をほっとした顔で眺め、膝を地面につけた。


「アンダル兵に追われていたがお前は何者だ?」


 俺はできるかぎり優しい声で少女に問いかける。

 少女は白いドレスに、金色の髪飾り、首元にはちらちらと装飾がほどこされた

ネックレスが見える。只者ではないだろう。

 少女はか弱い声で口を開いた。


「私は……トロン国の……第一王女……メリア」


 少女はこちらを、恐る恐る物色するように見つめてくる。

敵か味方か、知りたいのだろう。安心させてあげよう。


「俺はスルト。傭兵……アンダルの敵」


「本当に?」


「あぁ依頼を受けてアンダル兵を殺して回っている」


 少女はホッとした顔でこちらを見てくる。


「傭兵なの?じゃぁ依頼があるの!私を護衛して!」


 少女は身に着けていた、髪飾り、ネックレス、指輪をすべて取り外し

俺に押し付けてきた。その手は震えている。

 少女が身に着けていた装飾品を売れば十年は安心して暮らせるだろう。

 俺の仕事はアンダル兵を殺すこと。断る理由がない。


「いいだろう。メリア、お前はどこから来た?」


 少女はバラバラに散らばったアンダル兵を恐る恐る避けて森の奥へ指を指した。


「こっちから!」


 俺は荷物を手にメリアについていった。



 木々をひたすらかき分けて、森を抜けていくと街道があった。

 南西のトロン城へ続く、馬車が二台通り抜けられそうな街道だ。

この街道は野盗や魔物、アンダル兵などがよく通る道。

 なぜこんなところにトロンのお姫様がいるのか。


「こっち!」


 メリアの声の方に目を向け、日差しの強い街道にでてゆく。

馬車があった。そして、10人ほどのアンダル兵の遺体。

 トロン兵と思われる、5人の遺体も見て取れた。


「トロンに行きたいの……」


 メリアは悲しそうにトロン城がある南西の方へ目を向けた。

しかし馬車の向かっている方と逆の方だった。


「トロンに?でもお前は反対の方へ行くんじゃないのか?」


「アンダルが攻めてきて、トロン城が落ちそうなの!でも私だけ逃げるなんて嫌!」


「お前がトロン城に戻ればこいつらの死は無駄になるぞ?」


 俺はトロン兵を足で優しく蹴った。


「それでも……私はトロンで死にたい!」


 意思は固そうだ、別に俺が拒む理由なんてない。


「いいだろう。トロン城まで護衛してやる」


「ありがとう!スルト!」


 トロン滅亡を意味する、愚かな小さな女王との旅が始まった。



 街道を南西に歩いてゆく、ここからトロンまで歩いて三日、トロンが滅びていれば

この少女を置いて、俺は自分の街に帰ればいい。簡単な仕事だ。

 歩いてどれくらい経っただろう、日はトロンがある方へと落ちてゆく

メリアは辛そうに歩いている。体力がないのだろう。


「メリア、今日はここで野営するぞ」


「う……うん……」


 街道を離れ森林の中に入ってゆく、しばらく歩くと水が流れる音がしてきた。


「川があるな。ここで夜を過ごそう」


「ここで大丈夫なの?魔物は?」


「俺が見張る、お前は休め」


 燃えそうな枝を探し、火打石で火を起こす。

メリアは疲れた顔で火を見つめ、手を膝に置き、じっと見つめている。

 日は落ち、虫が騒がしく鳴き始めていた。

 俺は黒パンと干し肉を荷物から取り出し切り、メリアの近くにあった切り株に乗せた。


「食え」


 メリアは嫌そうな顔をしてたが、腹が減ってたのか、しぶしぶパンに嚙みつくのだった。

俺もそんな姿を見て干し肉に齧り付く、すこし生々しい血の味がする。

 食べ物を胃に入れて落ち着いたのか、メリアは静かに問いかけてきた。


「スルト、貴方はどれくらい傭兵をやっているの?」


「小さい頃からだ。剣は親父から習った」


「私を追ってきたアンダル兵は五人くらい居た……私が湖から上がった時には皆死んでた……

一瞬で倒したの?」


「あぁ……アンダル兵は数が多いだけだからな」


「でも一人で五人よ?私の近衛兵でも倒し切れないわ!貴方は名のある傭兵なの?」


「傭兵は仕事をこなすだけだ。名を挙げても仕事の邪魔になるだけだ」


「ねぇ……スルト!私の騎士にならない?」

 

 俺は否定の意味を込めて、小枝を焚火の中へ投げ込む。

会話はそこで終わった。

 完全に帳が落ち、辺りは川の音だけが聞こえる

虫たちも鳴くのをやめ、木の燃える匂いだけが辺りを包んでいた。


――パチパチ


 火の音に紛れ、木の折れる音も辺りに聞こえてきた。

魔物……トロンヴォルフ……

 この辺りに出没する、狼型の魔物。

 火を取り囲む俺たちを囲み、ギラギラと殺気を向けてくる。


 俺は荷物に手を突っ込み短剣をメリアに投げつける。

 

「いたっ!」


 メリアは目を瞑っていたのか、突然投げつけられたナイフに

当たり、びっくりし目を開けた。


「ナイフを鞘から出して俺の後ろに回れ!」


 俺が声をかけると、ヴォルフ達は一斉に襲い掛かってきた。

鞘から剣を出し、暗闇に光る眼玉に剣を突き刺す。


キャン!


 焚火の火に反射した目玉達が闇の中でその姿を晒す。

右手から目玉が光れば右に剣を振り下ろす。

左手から目玉が光れば左に剣を振り下ろす。

 それでキャンキャンと悲鳴を上げて絶命してゆく。

 アンダル兵に比べれば単調なものだった。


 だが五匹ほど倒した頃だろうか。暗闇の奥の方から

今まで倒したトロンヴォルフの3倍近くの大きな目が、此方に向かって

襲い掛かってきた。


 そちらに剣を振るうが、手ごたえがない。

その魔物は、焚火の炎に照らされて姿を現した。

 トロンヴォルフではない、一つ目のトロールだった。

 なぜ違う魔物が徒党を組んでいる?

 疑問は沸くが、そのトロールの巨体に怯えたのか、後ろから悲鳴が聞こえてきた。


「スルト!スルト!」


 投げたナイフは鞘に収まり足元に落ちている。

俺の背中には一人、怯えた少女が震えていた。


 ここから一歩も引くことはできない。


 俺は剣を左に持ち直し、剣を突き出すように構える。

 トロールは知性も無く、力に任せて左手を振り下ろしてくる。

俺はメリアを掴み、体を縦にしその左手に向かって剣を振り上げてゆく。

トロールの左手は、半分切り離され、血しぶきをあげている。


ウオオオォォォ!


 唸り声をあげ、トロールは口を開けたまま、噛みついてきた。

 大きな肢体を全力で投げだしてくる。

 後ろにはメリア、引くことはできない!


 トロールの目玉に向けて剣を突き立て、呪文を唱える。


「土の王よ、屈強な城壁を我に!」


 瞬間、目の前が大きな壁で岩で覆われ、トロールの叫び声も

小さくなっていった。


 痛む。右手が痛む。次第に烈火のように痛みが右手を走る。


「くそ!」


 右手が食いちぎられていた。



 メリアが悲しそうに俺の右手を見ていた。

失った右手を焚火で焼き、荷物の中にあった薬草を潰し右手に押し付け

包帯で巻いた。悲鳴を心の中に押し付け手当をした。

 トロンヴォルフ達はトロールが死ぬのを見て、キャンキャン泣きわめき

逃げていった。周りには血の匂いと肉塊だけ残った。


「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 メリアは謝りながら泣き続けている。

謝罪など要らない……静かにしてほしかった。


「うるさい!」


 俺は怒鳴りつけると、ズキズキ響くように沸いてくる

痛みを抑えて、目を瞑った。


 

 枝を避けて日差しが瞼に降り注ぐ。

静かに目を開け右手を見る。包帯が巻かれ右手は無くなっていた。


 どうしてこうなった?簡単な仕事だったはずだ……

いや、俺がやってきた仕事はどれも簡単ではなかった。

俺はたぶん驕ったのだ……女王を護衛する任務は簡単ではない。


 焚火は消え、薄く朝霧が辺りに漂っていた。


「行くぞメリア」


 目の周りが赤くなった少女に話しかける。

少女はこちらを心配そうに、顔を覗いてきた。


「あの……ごめんなさい……」


「これも仕事のうちだ……気にするな」


 少女の頭に手をやり、撫でる。


「うん……」


街道に戻りトロン国へと歩いてゆく。


 昼になった頃だろうか、メリアの足取りが遅くなり

休憩をとる事にした。


「痛くない?」


「痛いに決まっている」


「ごめんなさい」

 

 俺は草原の上に布を敷き、左手でパンを置き

左手で切り、メリアに与えた。

 干し肉を荷物から出そうとすると、メリアが「私がやる」と

強引に荷物の中に手を入れた。俺からナイフを奪うように取ると

干し肉をぶきっちょに切り分けてゆく、余りの不器用さに自然と笑みがこぼれた。


「ははは!お前、ナイフ使って食べ物切った事ないだろ?」


「あるわよ!ナイフとフォークで!フォークがあればちゃんと切れるわよ!」


「そうだな!手を切らないようにしろよ!」


「うっ……うん!」


 メリアが切り分けてくれた干し肉に齧り付き、メリアに目をやる

彼女はトロン国がある南西を見つめていた。

 風が少女の髪をなでる。


「なぁトロンはどうなってると思う?」


 体の小さな少女に問いかける。


「大丈夫よ!お父様がアンダルに負けるはずないもの!」 


 少女は力ずよく答えた。


「あぁそうだな……」


 少女は知らないのだろう戦争を、戦いに命を懸けることを

トロンが滅びていたら少女はどうするのだろう?トロンと死ぬと言っていたが

そんなのは方便だ……もし死が近づいてきたら誰だって死から逃げてゆく。

 誰だって怖いのさ……俺だって……


「トロンまであと一日だ!行くぞ!」


 俺は立ち上がって少女に声をかける。


「うん!」


 トロンまでの帰路は順調に進んでいった。明日すべてが分かる、トロンがどうなっているのか。



 目を開ける……今日この仕事が終わる。


「おい!メリア行くぞ!」


「んん~もうちょっと……」


 ほっぺをぎゅっと摘まむ。少女は目を開けた。


「いたい!ちょっとスルト!」


 ほっぺをつねられたことが無いのだろう、少女はほっぺに手を当てて抗議する。


「今日でトロンだぞ!綺麗なドレスに着替えなおした方がいいんじゃないか?」


「替えのドレスなんてないわよ!」 


「まっトロンについたら着替えなおせるさ!」


「そうね!うん!行きましょう!」


 街道に戻りトロンへ歩き出す。

 

 二時間くらい経っただろうか、トロンの方面から馬車を引いて大勢の

お年寄りや子供がやってきた。馬車の護衛にトロン兵も二人ついている。

 失った手を上げトロン兵を引き留めた。

 剣を拵えた傭兵の男と白いドレスの少女を不思議に思ったのかトロン兵は

立ち止まり。質問してきた。


「おい!お前たち何処から来た?」


「トロンとは逆の方からだ!トロンはどうなっているんだ?」


「トロンには行くな!もう終わりだ!」


 メリアが「そんな!嘘よ!」とトロン兵に問い詰めるが、彼の悲痛な顔を見て

察したのか押し黙った。


「……貴方はもしや……なぜこんなところに……」


 トロン兵がメリアを見るなり態度を変え、じっと見ていると

草原の丘の上の方から、いくつもの馬の足音が聞こえてきた。


 嫌な予感がする……


 丘の方を見ていると丘の上から、馬に乗ったトロン騎兵が一人こちらに向かって来ていた。

しかも……後ろに大勢のアンダル騎兵を連れて。


「敵襲!王女様は馬車の下へ!」


 メリアをじっと見ていたトロン兵が声を上げ、鞘から剣を出す。


「メリア!馬車の下に隠れろ!」


 俺もメリアにそう言ったがメリアは違った。

逃げ惑う老人や子供たちに馬車に下に隠れるように大声を出していた。


「みんな!馬車の下に隠れて!」


 俺はメリアの首根っこを掴み馬車の下に投げ込んだ。


「いたっ!何をする!」


「黙ってろ!俺が何とかする!」


 左手で剣を鞘から出して構える。

 こちらに向かってきたトロン騎兵は、弓を持ったアンダル騎兵によって射抜かれて

力なく落馬していった。


 馬車を護衛していたトロン兵と急遽、陣形を組む。

 トロン騎兵を仕留めたアンダル騎兵はもうそこまで来ている。数は10

やれない数ではない、となりのトロン兵は新兵なのか手が震えていた。


ダダダダダ!


 津波のように馬の足音が大きくなっていく、俺は呪文を口にした


「風の王よ、疾風の剣を我に!」


 風を剣に纏わせ、その剣を振り下ろした、三体の馬の脚がその胴体と切り離される

馬上に乗っていたアンダル騎兵は鈍い音を立てながら落馬してゆく。


 残りは7つ


 騎兵は魔法が使える者がいると分かると、一気に俺の方へ切っ先を向けてきた。

 七つの馬体と七つの剣が此方に向かってくる。


「ひぃいいいいい」


 震えていたトロン兵が一人悲鳴を上げ逃げてゆく。

 俺はもう一つ呪文を口にする。


「炎の王よ、業火の炎を我に!」


 剣に炎を纏わせて足元を横に切る。炎は巨大な壁となり騎兵達の馬は

恐れるように止まった。

 炎の中から止まった馬体の上の人影に剣を突き立てる。


「ぐおっ」


 喉に突き刺さった剣は、そのまま隣の馬の首を斬りつけ馬体が崩れる瞬間に

馬上の兵の胴体を斬りつけてゆく。


 あと5つ


 だが馬上で戦うのは不利とみたのか、アンダル騎兵は素早く馬から降り

一気に此方に向かってくる。魔法を使われないように畳みかけるように。

 俺の方に三人、トロン兵に二人、精鋭なのか統率が取れている。


 上段の方から白刃が一つ、下段の方から白刃が一つ、首を狙うように白刃が一つ

アンダル兵三人の攻撃を、左手一本で躱してゆく。


 くっ……右手があれば……


 するとトロン兵がいた所から悲鳴が上がる。

 きっとやられたのだろうと察しがついた。


 どこにも隙が見えず馬車の方へ追い詰められてゆく。トロン兵を倒した

アンダル兵が合流する。5対1、五つの切っ先が一気に俺に向かってくる。

 と、その時、アンダル兵の後ろから、馬の足跡がこっちに向かってくる

 アンダル兵はそちらに首を一瞬向けた瞬間に、左手にいる兵士の首元に鋭い突きを放つ

そして体を捩じり一気に、右手側へ剣を水平に斬りつけてゆく。


 何人斬りつけたのか分からないまま、右手に立っているアンダル兵にタックルをして、態勢を崩し

ながら、左手に持った剣で体に白刃を突き立ててゆく。


 しかし、鎧を着た肢体と一緒に地面に突っ伏したあと、顔を上げると

剣を振り上げた一人のアンダル兵が、此方に剣を振り下ろそうとしていた。


 これで終わりか……


 アンダル兵の背後には、太陽が輝いていて逆光になっていた。

俺の村を焼いた憎いアンダルの鎧、剣、アンダル人特有の堀が深い顔……

 俺は相打ち覚悟で、左手に持った剣を突き出す、だが間に合わない。


 次の瞬間矢が、俺に止めを刺そうとしたアンダル兵に突き刺さる。

 逆光でよく見えないが、アンダルで使われてる特徴的な矢尻……羽根……


 俺は矢が飛んできた場所に目をやる、馬体の上には白いドレスの少女が乗っていた。


 馬に乗ったメリアが此方へ向かってくる。

 

「スルト!大丈夫?」


「あぁ……助けられたな、ありがとう」


 メリアは初めて人を殺したのか、じっと矢尻が刺さった遺体の方を見ていた。


「気にするな、畜生が一匹減っただけだ」


「うん……」


 俺は他に被害が無いか、馬車や倒れたトロン兵を見て回る。

 馬車の下には老人や子供が、身を寄せ合いながら震えていた。


「うぅ……うっ」


 突然聞こえてきた声の方に剣を向ける、トロン兵だ、どうやら息はあるらしい。


「おい!大丈夫か?」


「いや……もうだめだ……メリア女王を頼む……」

 

 トロン兵が力なく呼吸を止める。メリアの方を見ていた緑色の瞳を閉じてやる。


「スルト……」


「メリア、どうする?このままトロンへ行くか?この者たちを置いて」


 俺は意地悪な質問をする。老人や子供が護衛もなしに他の街に行くことは不可能に近い。

 一日ならいいが、二日、三日経てば全滅するだろう。


「あぁ……」

 

 メリアが言い淀む、両手に弓を持ちながら、馬車や避難してきた人々を見ている。


「嘘だな……お前はこの者達を置いていけない、お前には国民を守る義務があるはずだ」


「でも……」


「トロンがどうなってるか見てここへ戻ってくる。アンダルの馬も手に入ったし

半日もあれば戻ってこれるぞ?それでいいだろ?」


「……」


「命を無駄にするなメリア……トロンは滅びてもお前が生きていればトロンは生き続ける」


 メリアは押し黙ってしまった。俺はそんなメリアの頭を撫でて、避難してきた老人や子供達に

ここで隠れて待機するように指示するのだった。

 


 馬に乗ってトロン領に入ってゆく、あと三時間もあればトロンだ。

 

「スルト……もうトロンは滅亡したのかな?お父様もお母さまも皆死んじゃったのかな?だとしたら私生きている

意味なんてないよ……」


 ずっと黙っていたメリアが口を開く、幼くして両親をなくし、すべてを失う虚無感は

俺にも手に取るように分かった。


「俺も幼いころアンダル兵にすべてを奪われた、だがどうだ?今も生きている……

俺からすべてを奪ったアンダルに復讐して、沢山の物をアンダルから奪ってきた。」


「でも、私そんなに強くないよ……」


「俺に無くてお前にある力がある……トロンの血筋だ。」


「そんなの関係ないよ!」


 メリアは語気を強めて反論する。


「あぁ……そんなものは関係ない。だがな、トロンと共に死ぬつもりのお前は間違っている!」


 情でも移ったのだろうか……この少女に生きて欲しいと思うようになってきた。

それからはお互い一言も喋らず、トロン城へ向かうことになった。


 

 遠くでメラメラと燃える赤い火、空には黒煙が立ち込めていた。トロン城だ。

 城の周りには無数ののアンダル兵が群がっていた。俺とメリアは小さな丘の上で

そんな悲愴なトロンの終焉を見つめていた。


「いや……いや……」


 小さな泣きそうな声。俺には、そんな少女に掛ける言葉がなかった。

メリアは馬をトロン城の南側へ走らせてゆく。俺は疑問に思いながら付いて行った。


「おい!メリア、どこに行く!」


「こっちに秘密の通路があるの!」


「待てよ!」


 メリアは止まらない。馬を走らせてゆく。俺もメリアに遅れないように

手綱をしっかり握って、馬体を蹴った。

 

 トロン城南の森林地帯の奥に、ボロボロの小さな小屋が立っていた。

メリアはずんずんと小屋の中へ入っていく、少女は古びた木の床を三枚取り外し

地下へ入っていった。俺はそんな必死な少女に止めるすべをなくし、付いていった。

 トーチに火をつけ、地下の人ひとり通れる幅のトンネルを進んでゆく。

 俺は歩きながらどうやって、メリアをトロン城から引き離すことができるのか

考えていた。


 狭く歩きずらいトンネルをどれくらい歩いただろうか。

メリアは立ち止まり梯子を上っていった。俺もそれに続く。


 梯子を上って出た先は食糧庫だった。干し肉、パン、保存食が置かれていた。

しかし、僅かな食糧しか残ってなかった。


 食糧庫の扉を開けて出た先で、騒がしい鎧のガチャガチャという音が聞こえてきた。

その鎧を着たトロン兵達はメリアの顔を見るなり、顔面蒼白になりメリアを止めようとした。

 しかし、ずんずんと進む少女を誰も止められる様子はなく、トロン城の階段を上がっていくのだった。


 メリアは大きな扉を開ける、トロン城、謁見の間だ。

煌びやかな装飾が施された天井、金色の玉座、足元の赤いカーペット。

 だがそこに王は居なかった。


「お父様!お母様!」


 メリアは叫ぶ、だがやってきたのは、銀の甲冑を着た女のトロンの騎士だった。


「メリア様!なぜここに!」


「アイネ!お父様は?」


「王は寝室に……」


 メリアは謁見の間を出て、階段を上り、王の寝室に急ぐのだった。

鳥のヒナのように俺とアイネと呼ばれていた女騎士がついてゆく。


「お父様!お母さま!」


 王の寝室。そこにはベッドに腰かけ、冠を被って今からでも戴冠式でもするような衣装をしている王と

安らかな顔をしてベッドの上で寝ている、若い王女と思われる女性が横たわっていた。


 メリアの声が明るくなる、しかしそれとは反対にトロン王の顔は険しくなっていった。


「メリア!なぜ戻ってきた!」


 駆け寄っていった少女に王は手をあげる。

 乾いた音が寝室に響く。


「だって私だけ……生き残るなんていや!」


「お前にはトロンの未来を託したはずだ!なぜそれを無駄にする?なぜそこまで愚かになれる!」


 王は目の前にいる小さな体の少女を娘とは見ていなかった。一人の王女として見ていたのを

他人事ながら見て取れた。


「だって……だって……」


 王は少女に向けていた鋭い眼光をこちらに向けてきた。そしてずんずんと近づき低い声で唸るように

話しかけてきた。


「メリアを連れてきたのはお前だな?なぜ連れてきた?」


「俺は傭兵だ……メリアに雇われてきた」


「傭兵か……どれくらいで雇われた?」


 荷物からメリアに貰った装飾品を見せる。


「たったそれだけか?ならばその倍以上の物を払おう、メリアを連れてここから立ち去れ!」


 王はベットに掛けてあったトロンの宝剣と思われる金の装飾を豪華に纏った剣と

頭に被っていた王冠を俺の左手に押し付けてきた。


「お母さま……お母さま!」


 するとベッドの方からメリアの悲痛な声が聞こえてきた。


「お父様!お母さまは?どうして寝てるの?」


「寝ているのではない!死んだのだ!さぁ立ち去れ!アイネ!お前もついて行け!」


 傍らに毒と思われる小瓶と、グラスが二つ置いてあった。


「いやぁお母さま……いやぁ!」


 アイネがベッドからメリアを引きはがすように肩に乗せる。

少女は泣きながらこちらを見つめ悲痛な声をだす。


「スルト……」


「すまんな!雇い主が変わった!」


 俺は傭兵だ……命に代えても雇い主を変えることはなかった。

そう、今日までは、これで俺も傭兵崩れだ……

 

 泣きじゃくるメリアと、それを担いだアイネと、王の寝室を去る。


「さらばだ……我が娘、メリア……」


 最後に部屋を出て行った俺には聞こえた。王の最後の言葉を。


 食糧庫へ向かい階段を下りてゆくが、今さっきまでとは打って変わって

男達の叫び声と剣と剣がぶつかる声が聞こえてきた。


「城門が破られたらしい……」


 アイネが暗い声でぽつりと呟く。


「お前はメリアを抱えたままでいろ、敵は俺が倒す!」


 剣を抜きアイネを先導するように前に立つ、

食糧庫があるのは一階、すでにアンダル兵が雪崩れ込んでいた。

 辺りから聞こえてくる剣撃。その音がだんだんと近くなってゆく。

二階まで下りてゆくとトロン兵が一階から上がってくるアンダル兵と

剣を交わしていた。


「王女をここから逃がす!トロンに命を捧げろ!」


 アイネの大きな声に一斉にトロン兵が答える。

命を投げ捨てるようにアンダル兵に切りかかってゆく。


「道が開けた!一気に食糧庫へ行くぞ!」


 トロン兵に囲まれて塊のように食糧庫へ移動していったが

だんだんその塊が剝がれるように、俺とアイネとメリアだけになっていった。

 目の前には食糧庫、その手前には一人の真っ黒な鎧と獣の角を付けた兜

黄色と黒の大楯をがっしりと構え、ハルバードをこちらに向けた重装歩兵がいた。


 俺は大楯に剣を突き立ててアイネに怒鳴るように声をかけた。


「行け!俺はこいつを倒す!」

 

「あぁ!死ぬなよ!」


 アイネは俺と重装歩兵の脇を抜けてゆく、だが、そう簡単にいかないのは織り込み済みだった。

 大きな鎧を身にまとった大男は、右手に持ったハルバードをアイネめがけて突き刺そうとした。


「……業火の炎を我に!」 


 瞬間アイネと重装歩兵の間に炎が立ち上がる。男は構わずハルバードを振り回そうとするが

狙いが外れたのかその白刃は空を舞った。


「トロンの者でもない……傭兵のような見た目……そして妖精の王の呪文を使う者……」


 大男は大楯を押し付けるように俺の体や剣を後ろへ押し流してゆく。


「襲い掛かるものスルト……いや……アンダルを蝕む者、お前を殺せばアンダルにすこしばかり平和が

訪れる……ここで死ね!」


 大男と対峙する、大きな盾、頑丈な鎧、どこにも隙はない、この男に時間をかければ

城から脱出する機会もなくなるだろう。

 直立不動の男を揺さぶるために呪文を使う。


「水の王よ、優雅なる水刃を我に!」


 水を剣に纏わせそれを大男に振るう、だが水刃は黄色と黒の大楯に防がれた。

 続けて呪文を唱える。


「氷の王よ、凍てつく氷柱を我に!」


 剣に氷の冷気を纏わせる、大男はこれ以上呪文を唱えさせないように、此方へ突進してくる。

 俺は後ろへ下がりながら剣を振るう、鎧を纏った黒い塊は大楯に身を隠して身を投げ出してきた。

 だが、水に濡れた大楯が氷で覆われて重たくなったのか、態勢を崩しその身を晒す。その僅かにできた

鎧の隙間に剣を捻じ込む。だが、大男はそんなことお構いなしにハルバードを振り上げた


 振り上げられたハルバードは、俺の左手を狙っていた。とっさに身を捩り、右手を振り下ろされる

ハルバードへ殴りつける。雷に打たれたような痛みが右肩に走る。


「いっ!風の王よ、疾風の剣を我に!」


 痛みを抑え呪文を唱えて、大男に突き刺さった剣を引き抜く、風の刃は俺の剣を通して

鎧を纏った肉塊を中からバラバラにした。


 大人数の足音が城の光の差している方向から聞こえてくる、

俺は食糧庫に飛び込むように中へ入って、扉を閉じ秘密の通路へ急いだ。

 トンネルへ降りると追って来れないように呪文を唱える。


「土の王よ、屈強な城壁を我に!」


 これでしばらくは追って来れないだろう……


 不思議なことに右肩の痛みは無くなっていた。


 左肩を壁に預けて暗闇の中を進んでゆく。


 暗闇の中を前へ……前へ……



 アイネはメリアと傭兵がトンネルの中から出てくるところを待っていた。

しかし、いくら待てども出てこないので。

 アイネはメリアの手を引いて馬にメリアを乗せようとした。


「だめよ……スルトは生きてるわ!もう少し!もう少しだけ待ちましょう?」


「メリア女王!もうわがままは止してください!あの鎧を着た大男はアンダルの黒蜂!

たとえ剣聖でも無事ではいられない!追手が来ないということは、足止めはされています!

あの傭兵の犠牲を無駄にしないためにも、どうか馬に乗ってください!」


 アイネは涙声でメリアに訴える。


 メリアは父親に言われた言葉を思い出し、しぶしぶ馬に乗る。アイネはメリアの後ろに乗り

傭兵が乗っていた馬を残して、二人してトロンを離れる。


 トロン城が燃えている。赤く紅く。



  

 



 


 












 









 


 



 











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傭兵と一人の少女 かるしっくす @fudokuchiru

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