能力のレンタル屋さん

黒片大豆

『──、貸します』

『筋肉、貸します』


 最初は何かの悪戯かと思った。しかし、藁にもすがる思いのその男は、半信半疑のまま、その張り紙が掲げられた木の扉を開けた。


 カランカランと、真鍮色のドアベルが男の入店を知らせた。

「あら、いらっしゃい」

「……ここは、漢方薬のお店?」

 男は入店するや否や、レジらしき場所に構える店員に尋ねた。

 壁には木製の引き出しが整然と据え付けられており、床には大きな甕が無造作に並べられていた。テーブルにはガラス瓶が沢山置かれていて、いずれも中に『何か』が入っていた。

 それが何かは、男は理解できなかった。


「こちらは『レンタル屋』よ」

 小顔で長身の女性店員が答えた。世間一般的にいう、美人に分類される容姿だった。身に付けていたシンプルな白衣と、無骨なデザインの丸メガネが、彼女をさらに魅力的に見せた。

「『筋肉』も借りれるんですか?」

「そう張り紙に書かれてたのなら、そうね」

 男の意味不明な質問に、店員も意味不明かつ当たり障りのない対応をした。

「クスリで増強とか、ですか」

 未だにこのお店が漢方薬にしか思えない男が訪ねるも、店員は笑顔で否定した。

「いえ、本店はレンタル業です……貴方が望むもの『何でも貸付けできます』」


 男は、更なる筋肉を欲していた。

 男は重量挙げの選手なのだが、ここ最近は成績が伸び悩んでいた。所謂いわゆるスランプだ。


「筋肉を貸してくれ。まだ俺は上を目指せるはずだ」

 男は未だに半信半疑……いや、九割は疑っていたが、残りの一割でも可能性があればとの思いで、筋肉を懇願した。

「もちろん、お安いご用です。ですがお約束が三つ」

「なんだ? 金か?」

「いえ。貸し付けたものは『利子付き』で返していただくこと。これがまずは一つ」

「……二つ目は?」

「本件、他言無用でお願いします」

「三つ目は?」

「そうですね……」

 店員は、三つ目の約束については少し押し黙った。まるで、今しがた考えているかのようだ。

「こうしましょう。『おごらず、努力を惜しまない』こと」




 男はその後、数々の重量挙げの大会を総なめにした。彗星の如く現れた彼を、期待の選手としてメディアが持て囃した。テレビ受けもよく、将来も期待されていた。

 男はしかし、残念ながらこのチャンスを活かせなかった。

 男は借りた力に溺れ、努力を惜しんだ。そのため、後の成績はいまいちパッとせずに、そのまま選手生命を終えてしまった。



 安アパートに帰宅した男の目の前に、あの店員がいた。部屋には鍵を掛けていたはずだが、店員は窓枠に腰かけて、男の帰りを待っていた。

「私は貴方に投資したのよ。チャンスにも恵まれたのに……期待外れも甚だしい」

 その目は鋭く、声はドスが効いていた。まるで借金取りだ。いや、正しくは『借筋取り』か。

「ま、待ってくれ」

「返却期限は過ぎてます。利子と延滞金含めて、返してもらうわ」

「もう引退してしばらくたつ。返す筋肉も殆ど残っていない」

「引退前も、引退後も、『傲らず、努力を』してほしかったわ」

 彼女は指揮棒のようなものを取り出し、男に突きつけた。あの時、筋肉を貸し付けてもらった時と同じ所作だ。

 すると青紫の光が男を包み込んだ。みるみる、男の筋肉が衰えていく。

 男はそのまま膝を付き、さらにうつ伏せに倒れた。体を支えられる筋肉すら残されてなかった。

「これで全部かしら」

 轢かれたカエルのように這いつくばる男を見下ろし、店員が呟いた。

 男の体は文字通り骨と筋と化していた。ゴッソリと、身体中の筋肉全てを抜かれたようだった。

「うーん。延滞分が足りないわ……あ、そうだわ」

 店員が男の背中を擦った。すると男は急激に苦しみ出した。呼吸も絶え絶えになり、そして、ついに息を引き取った。


「こっちも頂いてくわ……あなたの心筋ハート♡」

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能力のレンタル屋さん 黒片大豆 @kuropenn

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