ゴーリキーの宴

第1話 きみのて

　『鍛錬（トレイニング）は筋肉を裏切らない、筋肉も鍛錬（トレイニング）を裏切らない』

　これは筋肉界にこの人ありと云われて久しい、聖筋肉の伝道者（Saint Muscle Evangelist）と讃えられた

故・六割腹之進（ろくわれ・はらのしん）翁の遺した金言である。

　『筋力を比する事柄のみを争いとして採択するのであれば、世界より醜悪なる戦争と云う愚行を駆逐させられる』

　続いては筋肉界の中興の祖と称され、剛腕の平和主義者（Pacifist of Strong Arm）とも呼ばれることで知られる、故・太胸厚博（ふとむね・あつひろ）師が国際連盟総会にて発言（スピィチ）した内容よりの抜粋である。

　そして……ついに私の番である。

　この日本が、いや世界が、恐らくは地球が誇る筋肉美の権化たる私……現代筋肉界の巨匠（Master of Modern Muscle）、通称トリプルMの広背鬼一郎（ひろせ・きいちろう）が全宇宙連合の総会へ地球が初参画する記念の演説を行う大役を仰せつかったのだ。

　そう、この手記をご覧になっている諸兄に於いては

『何故一介の脳筋でしかない筋肉ダルマが地球の代表者なのだ？』

等の不平や不満が世論に充満していることは、如何な私の外見がガサツで大雑把な質に見えようとも、この耳に届いてはいる。

　しかしながらこの度、地球の代表者を全宇宙連合に送るに際し『地球が誇る筋肉美を持つ人物を是非に』との声があり、直近に開催された『世界筋肉美選手権大会』（Championship of World Muscle）の優勝者である私が選ばれたことは周知の事実であろう。

　地球文化の平和の象徴『力強さの根源である筋肉を芸術的な美へと昇華させた存在』としての肉体造形者（Body Builder）こそが、全宇宙に対し地球を代表すべき人間だと云う理屈もご理解いただけるであろう。

　そして私は全宇宙連合の本部がある牡牛座のヒアデス星団に向けて、宇宙船の乗員となった。

　遠い深宇宙の果てに向かう私は、冷凍睡眠装置（ゴールドスリープ）に入り、長い旅路を眠りで乗り越えたのだ。

　そして私は或る真実を知り得た、細胞組織すら冷凍させる技術であっても筋肉を衰えさせてしまうことを。

　かくして私は地球文化の代表者として、痩せ細った骨と皮だけの姿を全宇宙にさらけ出したのだ。