Flower and Demolition
大隅 スミヲ
Flower and Demolition
その日も、客はひとりも現れなかった。
町はずれにある小さな花屋。朝9時には開店し、夕方になる頃には閉店する。
店頭に置かれている色とりどりの花々は美しく、思わず足を止めて見てしまうほどであるが、そんな足を止めるような客が店の前を通りかかることもない。
周りにあるのは田んぼか畑、もしくは空き地だけである。少し離れたところには、元雑貨屋だった店舗兼住居があるが、その元雑貨屋も3年前に主を失ってからはただの廃屋となっていた。
遠山生花店の店主である遠山渚は、猫のような顔をした若い女だった。アーモンド形の瞳に小さな鼻。髪は後ろでひとつに束ねていることが多い。
きょうも客の来ない店内で渚は、花の手入れをしたり、ノートパソコンを使って作業をしたりしていた。
店頭販売の売り上げがほとんどないこの店は、なぜ潰れないのか。
そんな疑問を覚える。しかし、そのカラクリは意外にも簡単なものだった。
インターネット通販。遠山生花店と検索サイトで入力すれば、ショッピングサイトがすぐに出てくる。売っているものは、生花もあれば、花の種、肥料、その他の園芸用品など多種多様である。特にその中でも肥料に関しては、バラ専用の肥料などの売れ行きが好調であり、大手ショッピングサイトの園芸部門年間売り上げ1位に輝いたこともあるほどだった。
小さな音量でかかっているラジオ放送に耳を傾けながら、渚が注文依頼の情報を確かめていると、スマートフォンにメッセージが届いた。
メッセージの送り主は、あの人だった。
あの人からのメッセージはいつも単調であり、必要最低限のことしか書かれてはいない。
『深夜便。180×120が1つ』
渚はそのメッセージを見て、きょう届くのかと確認をした後、メッセージを閉じようと思ったが、いま自分の見たものを確認するために、もう一度メッセージを開いた。
「180×120!」
思わず声が出てしまった。
夕方になり店を閉めた後、渚は夕食を作った。
遠山生花店は店舗の裏に住居スペースがある。さらにいえば、住居スペースの隣には花を育てるためのビニールハウスや肥料などを作るための作業小屋があったりする。
この土地に住んでいるのは、渚ひとりだった。以前は祖父が一緒に住んでいたが、祖父が他界したあとはずっとひとりだった。
夕食はカレーライスにした。料理をするのは嫌いではないため、一人分であっても手を抜かずにきちんと作るようにしている。ただカレーの場合は少し多めに作って、翌日の昼食にもしたりしていた。
その車がやってきたのは深夜2時のことだった。
いつもと同じ、黒のバン。宅配業者が使っているものと同じ車種であるが、どこにも宅配業者のロゴマークは入っていなかった。
「お疲れ様です。荷物のお届けに参りました」
「はーい。ありがとうございます。裏の作業小屋まで車で運んでもらえますか」
渚はそういって、作業小屋へと続く道を塞いでいた門を開けた。
運転手は顔なじみの人だった。いつも迷彩柄のズボンを履いており、きょうは黒のタンクトップ一枚という姿だった。
作業小屋のドアを開けて、電気をつけると、渚は車の荷台から荷物をおろすのを手伝う。
「180×120って書いてあったけれど、大きすぎない?」
「いや、本当に大きいよ。まずは俺が荷物を車から引きずり下ろすから、台車に載せて」
そんなやり取りをしながら、渚は運転手の男が大きな黒い寝袋のようなものを引っ張る姿を見ていた。
作業台の上に荷物を乗せた時には、運転手の男も渚も汗まみれになっていた。
「それにしても、重かったな。こりゃあ、明日は筋肉痛だよ」
「ほんと」
そういいながら、渚は腰をさする。
運転手の男の仕事はここまでだった。ここから先は、渚ひとりの仕事となる。
渚は運転手のことを見送ると、仕事をするために着ていた服を全部脱いで下着姿になってから防水加工の作業着を身にまとった。
作業台の上に置かれた黒い寝袋上の物。ジッパーをゆっくり開けていく。
中に入っていたのは、黒髪で長髪の男だった。顎には髭を蓄えており、首から下にはびっしりとタトゥーが入っている。
男はすでに死んでいることは確かだった。腹部と胸部には銃創と思わしき痕があったが、渚はそこには何の興味も示さなかった。
筋肉質な身体は持ち上げるにも大変であり、用意しているバスタブの中に入れるには大きすぎた。
どうしたものかと渚は考え、男の身体を分割することにした。
バスタブの中に入れられた、赤、青、黄色の容器から取り出した特殊な液体。その液体の正体は企業秘密ではあるが、すべて自然由来のものである。その三つを混ぜることによって、体の組織は分解されていく。
そして、分解された組織から作り出される粉状のものは、肥料として使うととても綺麗な花を咲かせるのだ。ネットショッピングサイトで売り上げ第一位となるのもうなずける。
明け方まで掛かって作業を終えた渚は、作業着を脱ぎ捨てると、すぐにシャワーへと向かった。全身が汗まみれだったのだ。
シャワーを浴び終えた渚は洗面所の鏡に映った自分の裸を見て思った。
もう少し筋肉をつけた方がいいのかな、と。
Flower and Demolition 大隅 スミヲ @smee
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