ブルータス、お前もか

澤田慎梧

ブルータス、お前もか

 偉い人は言った。

 『筋肉はお前を裏切らない。科学的根拠に基づいた生活と筋トレを続けていれば、必ず効果が出る』と。

 だが――。


「うーん。相変わらずガリガリ、だね」

「ですねぇ」


 近所でも評判のジムに通って、早半年。

 同時期に入会した人達が日々マッチョになっていく姿を眺めながら、「負けないぞ」と気合を入れて筋トレを続けてきたのだが……僕は貧弱な坊やのままだった。


「おっかしいなぁ」


 僕の三倍くらいの厚みがありそうなトレーナーさんが、ボリボリと頭をかきながら首を傾げる。

 体育大出身で、栄養士の資格も持っている一番人気のトレーナーだ。


 この半年の間、彼の指導の下、筋トレに勤しんできた。

 生活習慣を改善した。

 食事の内容も吟味した。

 最新の科学トレーニングを実践し、決められた休息日以外は一日もサボらなかった。


 にもかかわらず、無情にも僕の体は貧弱なままだった。


「念の為に訊くけど、健康診断は行った?」

「はい。わざわざ追加料金払ってお高い人間ドッグに行きましたけど、『超健康』って言われました」

「そうかぁ」


 トレーナーさんがお手上げと言わんばかりに天井を見上げる。

 実際、彼はよくやってくれていた。最初の数ヶ月で効果が出ないのを見て、様々な改善策を提案して、実施してくれたのだ。


「やっぱり、名前が良くなかったんですかね」

「名前?」

「はい。筋肉に名前を付けて、『一緒に頑張ろうね』って毎日話しかけていたんです」

「ちなみに、何て名前なの?」

「ブルータスです」

「あ~」


 僕らの間に沈黙が落ちる。

 特に名前に意味があった訳じゃない。何となく強そうなのにしただけだ。

 けれども、やっぱり主を裏切った人の名前は、良くなかったかも。


筋肉ブルータス、君も僕を裏切るのか?」


 そんな僕の呟きに、しかし筋肉は何も返してはくれなかった。


(おわり)


BGM:葉山宏冶「あこがれのマッチョダンディー」from『超兄貴―兄貴のすべて―』

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