真夜中の汗

ひろたけさん

第1話

 91、92、93……。


 俺は筋トレをしながら回数を頭の中で数えている。もう季節は初冬だというのに、身体はカッカと熱く、汗が額から滴り落ちている。もう少しで腹筋の限界は近い。


 98、99、100!



 限界を迎えた俺はそのまま床に寝転がった。


 心がささくれ立った時、俺は決まって筋トレに励む。筋肉を鍛えていれば、大抵の嫌なことは忘れられるからだ。


 しかし、今夜はどれだけ腹筋を鍛えても、腕立て伏せをしても、心が晴れることがない。


 ふと時計を見ると、既に時刻は午前二時を回っていた。




 俺は今夜、十八年間の人生で最も重大な告白をした。同級生の朝倉あさくらにだ。


 本屋の前で咄嗟にキスをしてしまってから、もう自分の恋は終わったものだと失望していた。


 だから、学校でも朝倉を出来るだけ避けるようにしていたし、やつが怒った調子で俺を呼び止めて来た時など、もうおしまいだと思い、血の気がさっと顔から引いていくのがわかった。


 きっと朝倉は俺に怒っている。


 いきなり男にキスされたのだ。罵倒されても仕方ないと思った。


 一方で好いていたはずの朝倉に嫌われたという現実を突き付けられるのが恐ろしくてたまらなかった。


 幸い、友達が俺を呼びに来たことで、その場を離れる口実が出来、朝倉の前からそそくさと逃げ出した。


 だが、朝倉のことはその後もずっと脳裏から離れず、放課後のバイトでも失敗を繰り返した。社員にひどく怒られ、やっと解放されたのは夜の十一時も回った頃だった。


 そのまま俺は家まで直帰する予定だったのだが、気が付けば朝倉の家の前に来ていた。何を期待して、深夜に朝倉の家まで来ているんだろうと、自分が情けなくなる。これでは、まるでストーカーじゃないか。


 だけど、勉強の合間に気分転換を図ろうと出て来た朝倉とあろうことか鉢合わせしてしまった。


 俺は最高に気まずかった。予想通り、朝倉は俺にキスの真意を問い詰めて来た。もうこれまでだ。そう覚悟を決めた時、やつは言って来たんだ。


――嫌いってそんな強い感情をなべに抱いたことなんかない。


 まさか、嫌われていなかったのか。いきなりキスをしたにも関わらず。


 俺の心に希望の灯がともった。逸る気持ちのまま、俺はやつに告白してしまったんだ。


 だが、朝倉から返って来た反応は、俺が期待していたものではなかった。困惑したようにしばらく言葉を失い、目を泳がせた。そして、俺にこう言ったんだ。


「ごめん、田辺。俺、恋とかそういうの、よくわからなくて」


 俺はあまりにも短絡的に物事を捉え過ぎていた。俺に対して悪感情をもっていないことイコール俺に恋愛感情を持っている。そう性急にも先走ってしまったことに気が付く。


 何と浅はかな判断をしたのだろうと猛烈な後悔が襲って来て、俺は家へ逃げ帰って来た。


 キスといい、告白といい、俺はタイミングを逸してばかりだ。


 そんな自分が悔しくて、情けなくて、俺はただひたすらこの身体を苛め抜く。限界が来ても、更にもう一回負荷をかけて。


 だが、いくら身体を苛めても、情けない自分の心がどうしようもないのが歯がゆい。筋肉のように、苛めれば苛めただけ強くなれればいいのに、恋に迷った心はその鍛え方がわからない。


 とうとう身体が本当の限界に達した後、俺はただ茫然と壁に寄りかかり、空を見つめて座っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中の汗 ひろたけさん @hirotakesan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ