氷蝦蟇の繁殖
衛星Tの湖で発見された「氷塊生物」は、這い進む様子がジャンプしない時のカエルのようだという理由で
一度は
まるでピンポンダッシュだ。高度な学習能力はないのかもしれない。
しかし、氷蝦蟇が二次元生物だと見抜いた研究者には異論があった。彼らが求めているものは物質としての着陸機ではなく、着陸機が原子力電池から発散する「熱」なのではないか?つまり氷蝦蟇は食べるのに失敗したように見えて、求める熱を食べている可能性がある。
その生理機能は謎だらけだったが氷蝦蟇が本当に生物ならば活動のためにエネルギー源を取り込む必要があるだろう。普段は地熱のムラを利用しているのかもしれない。詳細な赤外線観察の分析が待たれる。
そしてもう一つ、生物ならば繁殖しなければならない。似た個体がたくさんいるからには、何らかの方法で自己複製ができるはずだ。何かのトラブルで死ぬこともあるだろう。個体数を維持するためにも繁殖が必要だった。
そこで研究者の間では体内で小さな氷蝦蟇が育っていき、口から吐き出される姿が想像されていた。珪藻からの類推である。
衛星Tが巡る惑星Sの近日点側の夏至が近づく頃、氷蝦蟇の活動に異常が生じた。
「氷蝦蟇が次々と座礁しています!」
「氷細胞壁(仮称。氷外骨格派もいる)の半分が露出している!離礁できるのか!?」
着陸機がいる浅瀬よりも更に浅い湖岸に氷蝦蟇が移動して行った。奇妙なことに彼らは鴨川のカップルばりに等間隔のスペースを空けている。着陸機にもあまり近づいて来ない。
「我々には見分けがつかない肉食の氷蝦蟇が紛れていて逃げようとしたのでは?」
「それが、座礁しているのは大きな氷蝦蟇ばかりで、小さな氷蝦蟇は沖合でのんびりしているんです……」
「なんなんだ、こいつら一体……」
全てを見届けたいが設計寿命を超えた着陸機がいつ故障するか分からず、ミッション関係者は焦りを感じていた。そして、恐れていた事態が起こる。
夏至による嵐の到来である。
太陽から与えられるエネルギーが最大になった衛星Tの大気に大きな上昇気流が生じ、着陸機も巻き込むストームに成長したのだ。
「もしかして氷蝦蟇の座礁は嵐から逃れるためのものだったのか?」
「それなら小さい氷蝦蟇も座礁するのでは?」
着陸機の状態に気を揉みながら議論する彼らの前で驚くべきことが起こった。
座礁した氷蝦蟇から空に向かって氷の腕が立ち上がると強風を受けて樹氷が成長し、そして――
「割れた……!?」
氷蝦蟇の身体が上下に薄くスライスされるように割れて、上側もメタンの湖に着水した。すると樹氷の育った腕は折れて風に飛ばされて行った。
「なるほど、二次元生物なのに繁殖には三次元を利用するということか……」
倍増した氷蝦蟇をみて、研究者は一人納得していた。
氷の筋肉 真名千 @sanasen
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