氷の筋肉
真名千
氷の筋肉
何度かの中止を経て
メタンの湖に氷塊がまばらに存在する(浮かんではおらず着底している)光景に制御室の人々は感動のため息をもらした。着陸機に移動能力はないから、ここから定期的に周囲の環境を観測するのだ。
一番大きな変化を見せてくれることが期待されたのは気象であった。実際にメタンの雨を降らせる雲がオレンジの空を流れていく。
数日してカメラの担当者は空以外にも動くものがあることに気づいた。
「だんだんと氷塊が近づいてきている?」
毎日の写真を確認すると視界にあるいくつかの氷塊が着陸機の方に少しずつ動いて来ていた。
「液体メタンの流れに乗っているのか?」
「そのような流れは確認されていません」
「デスヴァレーの石のように風を受けて動いている可能性は?」
「観測期間において風向きは逆風です」
「ヨットなら切り上がりで近づいてくるところだがねぇ」
「海底面に傾斜があるのかもしれない」
「浅瀬の方に来ますかね?普通は傾斜は逆方向では?」
近づく氷塊はちょっとしたミステリーとして話題になった。さらに氷塊が近づいたことで画像に角度が付き、氷塊を斜め上から見えるようになったことで、ミッション担当者たちの耳目は氷塊に釘付けになった。
氷塊の内部は一様に凍っているわけではなく、氷部分と液体部分が複雑に混じり合っていた。そして撮影のたびに液体部分の分布は変化し、氷部分の配置が変化していた。ある研究者がその正体に気づいた。
「なんてこった!これは二次元生物だ!!氷で自分と周囲の環境を区切って、体内で反応を起こしているんだ。明らかにこいつは外壁をテコの支点にして液体の凍結膨張による体積変化で氷の足を動かして着陸機に近づいている!まるで氷の筋肉だ」
「そんなバカな」と笑っていた他の人間も氷塊が氷の顎を開いて着陸機を飲み込もうとしたことで笑えなくなった。
次の通信時には呑み込まれ壊されている。そう思って着陸機を見守った人々は氷塊生物の顎が弱すぎて着陸機を呑み込めず、すごすごと帰っていく一部始終を目撃したのであった。
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