【KAC20235】努力、未来……
小龍ろん
努力、未来……
世界に突如出現するようになったダンジョン。その内部は、人類がこれまで常識としてきた理論・法則が通用しない特殊な空間となっている。各国はダンジョンを危険領域として立ち入りを禁じたが、それでもダンジョンに魅せられる人間もいる。
ショウとカズキも、無鉄砲なダンジョン探索者である。二人は、これまで数度のダンジョンアタックを試みたが、何の成果も得られていなかった。
ある日のこと。ダンジョン探索が長引いて真夜中となった帰り道、彼らを謎の地揺れが襲う。それはただの地揺れではない。ダンジョン発生の前触れだったのだ。抗うことすら出来ず、彼らはダンジョンに飲み込まれてしまった。
◆◇◆
ジェットコースターに乗っているときのように、お腹のあたりにキュウっと不快感がある。体が落下しているのだ。このまま地面にぶつかれば即死だろうかと、ショウは他人事のように考えた。
だが、予想したような衝撃は訪れなかった。突然、急ブレーキをかけたかのような逆向きの加速度を感じたかと思えば、落下速度が完全にゼロになったあたりでふわりと足がついた。
「ぐべぇ! ……痛いッス」
隣で聞こえたのはカズキの声だ。着地には失敗したらしいが、少なくとも生きている。
今までショウとカズキが探索したのは商業施設がダンジョン化した場所だ。そのせいか、ダンジョンといえども照明がフロアを照らし、不自由はなかった。しかし、このダンジョンは様子が異なる。真っ暗とは言わないが、薄暗い。先が見通せるのは、せいぜい10mほどだろう。その距離ですら、判然としない。
「なんなんスかね。ここ」
「わからんが、ダンジョンなのは間違いないだろうな」
落下のとき、二人の体は完全に重力を無視していた。そんな不思議な現象が起こるのはダンジョンぐらいのものだ。もっとも、そのおかげで命拾いしたのだが。
「今までの場所とはずいぶん雰囲気が違うッス。なんか、かなりダンジョンっぽいッス!」
「いや、今までの場所もダンジョンだからな」
ツッコミをいれたものの、カズキの言わんとすることはショウにもわかった。彼らが今まで経験したダンジョンに比べると、本物感が違う。それらしく表現をするなら、死の気配を感じると言うべきか。もっとも、彼らの危機感が乏しいだけで、今まで彼らが経験したダンジョンであれ、死ぬときは死ぬのだが。
「上るのは……無理だな」
「結構落ちたッスからね」
スマホのライトで上方を照らしてみるが、天井は見えない。来た道を引き返す……とはいかなかった。
「仕方がない。歩いて出口を探すか」
「大丈夫。俺たちにはコレがあるっす!」
幸いなことに、彼らの頼もしい武器、二代目金属バットはすぐ近くに転がっていた。それを手に、彼らはダンジョンを探索する。
落下地点は少し大きめの部屋で、三方は壁があるのみだった。最後の壁には出入り口が一つ。扉はなく、暗い廊下へと繋がっている。
その通路をしばらく歩いたところで、ショウは前方に何かを発見した。それは犬くらいの大きさの鼠だ。
「いたぞ。鼠の化け物だ!」
「俺に任せて欲しいッス!」
「頼む!」
通路はかなり狭い。譲り合えばすれ違えなくもないが、化け物をすり抜けて進むのは難しい。大の大人が二人並んで戦うほどのスペースはないので、必然的にどちらかが前に出て戦う必要があった。残る一人は、後方からの照明係だ。よい子は真似をしてはいけないが、うまく化け物の目を狙うと、視界を一瞬奪うことができる。
「この! うへぇ……感触がリアルッス!」
「油断するなよ」
「わかってるッス!」
鼠は素早い。が、狭い通路ではその素早さを活かしきれなかったようだ。もう少し小さければ別だったろうが、中途半端な大きさが仇となり、鼠はカズキの金属バットの良い的にしかならなかった。
「へ? 消えたッス」
「まあ、ダンジョンだからな。何が起きても不思議ではない、か」
幾度か殴ったところで、突然鼠が消えた。普通ならあり得ない現象だが、二人はこれでもダンジョン慣れしている。あっさりと受け入れると、死骸の代わりに転がっている謎の物体に視線を向けた。
「何スかね、コレ」
「さっぱり、わからん。飲み物か?」
それはプラスチック容器に入った液体だった。もっといえば、ペットボトル飲料に酷似している。ラベルがないので、それが何かはわからない。
常識的に考えれば、手を出すべきではない。だが――……
「よし、飲んでみるッス!」
「おい、止めとけ! ダンジョン産のペットボトルだぞ。何が起こるかわからん」
「だからこそッス! もしかしたら、超強化される魔法の薬かもしれないッスよ! スマホの明かりだっていつまで持つかわからないんス! ここは賭けてみるッス!」
ショウには無謀に思えた。だが、スマホに関してはカズキの言うとおりだ。ライト代わりに使えば、スマホの充電はすぐに切れてしまう。まだカズキのスマホがあるとはいえ、それほど長い時間探索は続けられない。そして、明かりが切れれば探索はより困難になってしまう。
「……わかった。お前の決断を支持しよう」
「助かるッス! 実は喉がカラカラだったんスよ。メロンソーダみたいで美味そうッス!」
おいちょっと待て、と止める間もなくカズキがペットボトルの中身を飲み干した。
「……思ってた味と違ったッス」
「お前な……。いや、無事ならいいんだが。で、超強化はされたのか?」
「この筋肉を見るッス!」
言われて、ショウはカズキの体を照らした。彼の筋肉は衣服を破らんとするくらい肥大化している。腕だけ。
「な、なんだそれは?」
「うーん、一時的な攻撃力強化っぽいッスね。パワーアップポーションらしいス」
「やけに具体的だな?」
「飲んだ瞬間、頭に浮かんだッス! きっと不思議なダンジョンっス!」
カズキの言う不思議なダンジョンというのは、とあるゲームシリーズのことだ。そのゲームで出現するダンジョンでは様々なアイテムが拾えるが、鑑定するまでは効果がわからない。鑑定する手段として最も簡単な方法なのが、実際に使ってみること、なのだ。
「だとしたら、マイナスアイテムも混じってるかもしれないな」
「そうッスね……。次からは化け物にかけてみるッス」
不思議なダンジョンには、使用者に不利益をもたらすアイテムも多く出現するのだ。実際、次に手に入ったペットボトルを鼠に振りかけると、泡を吹いて倒れた。それを見て、カズキは顔を青くしたのだった。
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