バレリーナは筋肉で語るのだ。

山岡咲美

バレリーナは筋肉で語るのだ。

『動け私、動け私の筋肉、骨を引っ張り、体を操れ!!』


 その日も私は舞台にいた。


 私の体は躍動し、人々の目を釘付けにした。


『引っ張れ、広背筋こうはいきん、私の背骨せぼねを美しく反らせろ』


『あばらの下、二つの外腹斜筋がいふくしゃきんを使い、反らした背を左右に揺らし美しさを演技に変える』


 筋肉は骨を引く時に一番に力を発する、ただ、ただ何かを引っ張る為のタンパク質の塊。


 だか私にはそれしかない、その力で体を操り、ただの体を、美術品より美しい存在へと変える。


『手の平を開き指を伸ばせ、何かを求めるように、一ミリでも先に、一ミリでも遠くへ、腕だけで演技するな』


僧帽筋そうぼうきんから三角筋肩さんかくきんを使い腕を引き上げろ、棘下筋きょくかきん小円筋しょうえんきん、腕を後ろに広く背に反らせろ、伸びろ大胸筋だいきょうきん前鋸筋ぜんきょきん大円筋だいえんきん、腰から、足の爪先の筋肉まで使って体を伸ばせ!!』


『意識を集中させろ私、横着するな、指は語る!』


短母指外転筋たんぼしがいてんきん短母指屈筋たんぼしくっきん母指対立筋ぼしたいりつきん母指内転筋ぼしないてんきん虫様筋ちゅうようきん小指外転筋しょうしがいてんきん短小指屈筋たんしょうしくっきん小指対立筋しょうしたいりつきん短掌筋たんしょうきん、指先まで演技しろ、指先で心情を語れ!!』



『もっと遠くへ、もっと求めるように……』



 そして失った悲しみを観客に伝えるような演技……。



『完全にコントロールされたスピードで腕を下ろせ……、腕と視線で表現しろ、筋肉よ動け、内側の筋肉達いう事をきけ、私のいうがままに完璧に、完全に、一ミリの十分の一の精度を示して動き続けろ、連動させろ』


『私の意のままに、骨を使い演技をコントロールしろ!!』



『ヒロインの想いを観客に伝えるんだ!!』



 今舞台のスポットライトは私だけのもの、私の横隔膜おうかくまく腹直筋ふくちょくきんも呼吸の為には動かない。



『演技しろ、演技しろ、演技しろ!!』



 その一心で私は息苦しさも、酸欠で飛びそうになる意識もかたわらに置くのだ……。



 私の息が乱れる事など許されない!!



 私はバレリーナ、この体一つで観客達を舞台に引き付けるヒロイン。



***



 その日も私は舞台にいた。



 鳴りやまない歓声が、私に生きる希望を与えてくれる、それだけが私の存在意義、それだけが私に一分の隙もない日常をおくらせてくれる。



 選択を許されない食事も、


 休みを許されないレッスンも、


 全てはバレエの為に、


 全ては観客の為に、


 全ては私の為に、


 私は今日も筋肉を操り骨を動かす。





 バレリーナは筋肉で語るのだ。

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