月光に映える
秋谷りんこ
月光に映える
「浦井、前に出て上脱いでくれ」
看護学校で男子生徒はまだまだ少ない。私のクラスには、浦井君しかいない。
「俺っすか?」
そう言いながら浦井君は教室の前に立って、白いTシャツを脱いだ。ヒュ~と目立つ女子がからかう。
「静かに。筋肉のつきかたを実際に見て学んで」
解剖学の先生は、浦井くんの筋肉質な体を指示棒でさしていく。
「はい、ここ胸鎖乳突筋。浦井はスポーツやっていたか? 発達しているな。はい、ここ大胸筋。腕あげて、ここが外腹斜筋」
先生の説明を聞きながら、私は解剖学の教科書をゆっくりなぞる。浦井君の、胸鎖乳突筋、大胸筋、外腹斜筋。
「浦井、後ろ向いて。ここが僧帽筋。こっからこのあたりが広背筋」
「ちょ、くすぐったいっす」
浦井君が身をかがめて笑う。きっと今、腹直筋が収縮している。
「じゃ、しっかり復習しておくように」
授業が終わっても、私は教科書を眺めていた。
レポートをやっていたら遅くなってしまった。暗い川沿いを一人で歩く。ふと見ると、自転車が倒れていた。それは浦井君の自転車だった。周囲を見渡すと、土手の下、河川敷に誰か倒れている。
そこには、浦井君がいた。口元に耳を近づける。呼吸なし。心臓に耳をつける。心停止。スマートフォンのライトを目に当てる。瞳孔の対光反射なし。死んでいる。死因は、頭部の外傷による脳挫傷か。コンクリートに打ち付けたと思われる浦井君の後頭部から、血液が流れていた。
ああ。良かった。
損傷は頭部だけだ。
私は、浦井君の服を破って、カッターで皮膚を裂く。まずは胸鎖乳突筋。先生が言っていたとおり、発達していて力強い。欠損なく取り出すことができた。ああ、きれい。煌々と照らす月光に筋繊維が映えて、本当に美しい。
ほかの筋肉も持ち帰って、標本にしよう。解剖学の成績が良かったら浦井君のおかげ、と思うと、余計に浦井君のことを好きになる気がして、なんだか照れた。
月光に映える 秋谷りんこ @RinkoAkiya
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