怪しい薬

キザなRye

第1話

 ある日の昼頃、昼食を食べたいと思いコンビニに買いに行った。いつも通りのようにコンビニに向かっている途中でビシッと黒スーツを着た男性たちに

「おめでとうございます」

と声を掛けられた。なんで声を掛けられたのかとかは本当に分からなかった。完全にあたふたしてしまって何が何だか分からなかった。

「これからあなたには治験に参加してもらいます」

 “チケン”という単語がどういう意味だったかを思い出すのに相当な時間を要した。意味を理解したときにはぞっと血の気が引いた気がした。治験を自分の意思に関係なく、参加することが決まるなんてことはあって良いのかと思った。

「こちらの車に乗ってください」

示された車は真っ黒な外車だった。その時点で普通の治験でないことはおおよそ目に見えていたが、従わないとどうなるか分からないような雰囲気を感じていたので疑いの目を持っていることは態度にも出さずに車に乗り込んだ。

 目隠しをされるなんてことは一切なくて無言のまま車に揺られていた。運転手も含めて同じ車に乗っている全員が真っ黒なスーツをビシッと着ているので自分の身体がぎゅっと縮こまる感じがした。

 目的地に着いたようで降りることを求められた。車を出てみると何かの研究施設なんだろうなと思うような建物があった。建物の周りは木々に囲まれているので多分山奥に建てられているものなのかなと思った。そのまま案内されて建物の中に入った。

 建物の中には白衣を着た研究者らしき人が数人いて自分と同じように被験者なのだろうなと思う人も数人いた。被験者らしき人の中には注射を打たれようとしている人もいた。これから自分が注射を打たれることだけは分かったが、その注射が一体何者なのかは見当も付かなかった。

 「これから注射を打ってもらいます。この注射は筋肉増強用のものです」

白衣を着た人のうちの一人にそう説明された。筋肉を付けるためのサプリメントのようなものかと自分の中で納得した。

「この注射の副作用に何が出るか分からないのでその調査の調査のための治験です」

副作用が分からない薬を入れられること以上に怖いものはない。自分の身体が今後どうなってしまうのか、分かるはずもなかった。

「注射を打つ前に質問しておきたいことはありますか」

ここに来て質問を求められても困ってしまう。治験を受けない選択肢を取れるのかという疑問は湧いてくるが、それを聞けるほどの勇気はない。ここがどこだかも分からないのに突き放されて家に帰れる自信もない。

「ないです」

 その言葉を合図に周りの白衣を着た人たちが寄ってきて注射を打たれた。打つ前から脈を測って経過観察をしてくれた。こういったところは一般的な病院のようだなと感心してしまった。定期的に体調の変化を聞いてくれたり脈を測ってくれたりして安全な環境で治験を受けていられた。

 身体の変化は自分の中では一切感じられなかった。接種初期に起こりうるのは副作用の方の効用で目的の作用はおよそ一週間のときを経て発揮されるらしい。一週間後に再び研究施設を訪れて経過観察をすることになっているらしい。異常がなかったので行きと同じように黒いスーツを着た人たちに囲まれて家へと帰った。

 一週間が経ち、治験の注射を打ったときと同じ場所で車に乗り込んで研究施設に向かった。研究施設に着くと一週間前よりも被験者側の人数が少なかったように感じた。一週間前と同様に脈を測ったり体調を聞かれたりした。身体の変化は自分の感覚でも調べられた結果でも一切なかった。

「実はプラシーボだったんだ」

一週間前に説明をしてくれた人がそう言った。プラシーボとは特に何の効力も持たない偽薬のことである。対照実験として使われるものだ。

「本当の効力を持った薬を摂取した人は接種当日の時点で体調に大きな変化をもたらしていていた。人間の身体には合わなかった」

暗いトーンで話すので被験者のその後は想像が難しくなかった。ある意味では運でこういうようになったのでいたたまれない気持ちが沸々と湧いてきた。

「お疲れ様」

白衣を着た人たちが一斉にそう言うと連行されるように帰りの車に乗せられて自宅に送り届けられた。

 それから何の変哲もない日常を過ごしているが、治験のことを何度も思い出してしまう。ただ誰かに言おうものなら命を奪われてもおかしくないなと思い、いつまで経っても自分の頭の片隅にしまっておくことしかできなかった。一人で苦しく抱えていた。

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