筋肉はすべてを救い、すべてを癒す
篠騎シオン
その男、ムキムキにつき
異世界転生の主人公、そして勇者と言えば、やはり剣や魔法がイメージされるだろう。
しかしそれは、少々野蛮に過ぎるとは思わないだろうか。
切られれば敵は痛いし血も出るし、魔法なんてもってのほか。燃えたり吹っ飛んだり消えたりと忙しい。
まったくもって、平和的でもスマートではない。
そう。その代わりに何を勇者は鍛え、修練すべきか。
彼は思う。
すべてを救うのは、己の美、筋肉ではないだろうか!
筋肉は美しい、筋肉は人を救う。
これは、すべてを筋肉で守り、愛し、救った一人の男の物語である。
「見よ、この筋肉を!」
そう言ってとるポーズは、サイドチェスト。
体のパーツの厚みを見せる、彼のお決まりの技。
彼は、これで幾人もの悪党を懲らしめてきた。
そしてそれを放つは、この世界を長年苦しめてきた魔王その人に対して、である。
「えーと、なにやってんの?」
あきれ顔の魔王。
くっ、その反応。
美意識のない侵略を行う悪の権化には、あの美しさだけでは足りないらしい。
フロントダブルバイセップス、アブドミナルアンドサイ、モスト・マスキュラー……彼は鍛え上げた己の肉体を魔王に見せつけ続ける。
ああ、腹筋と上腕二頭筋、すべての筋肉が美しい! その魅力にしびれるっ。
「……」
彼が技を繰り出すごとに、魔王は無言になっていく。
効いてる、効いてるぞ!!
「ラットスプレッド・バック!!」
彼は大技を繰り出す!
それは、背中の筋肉の凹凸を強調するポージング。
なんと戦闘中にも関わらず、敵に背面を見せるのだ。これでダメならもう後がない!!
私の応援にも気合が入り、体がいつも以上に発光する。
魔王の顔が緩む。
これは……?
「ま、まいりました!」
魔王が土下座する。
どうやら、彼は背中の筋肉に弱かったらしい。
その顔はもうぐちゃぐちゃで蕩けていて、彼のズボンは、こほん、これは妖精として言わないでおこう。
彼は再びサイドチェストのポーズをしながら魔王ににじり寄る。
「もう、悪さはしないな」
「はい、もちろんですとも。この命をもって……」
「じゃあ、お前も今日から俺の筋肉仲間だ。そんなひょろひょろで光に当たっていないだろう。栄養はとっているか? 一緒に最高の筋肉を目指そう」
魔王の筋肉にも慈悲をかけられる、彼はやっぱり魅力的だ。
その後、魔王討伐記念の勇者生還式典が開かれることになった。
私は彼の招待で勇者の従者として、その式典に参加する。
式典の前、壇上の脇の控室で私は彼と二人きりになった。
私は緊張でめまいがしてきそうだった。だって、この状況で推し筋肉と一緒なんだよ? やばいって、激やばだって。
そんな私たちの沈黙を破ったのは、彼だった。
「妖精さん。君はどんなに頑張っても筋肉はつかなかったけれど、私のそばで私の筋肉を育てる手伝いをずっとしてくれた。感謝しかない」
彼が近づいてきて、私は筋肉にそっと包まれる。
私はもう卒倒しそうだった。
けれど、私も妖精の矜持を持って、ここは耐える。
そして、彼に微笑みかけて送り出す。
「私は”魅力”の妖精だけど何もしていないわ。全部あなたの努力よ……さあ、国のみんなが待っている」
彼はうなずくと、国民の前に出るべく、式典の壇上へと上がっていった。
私も静かについていく。
歓声が上がる。
私は彼の筋肉のために、快適な睡眠環境を作り、成長に良い食事を作り、体にちょうど良い負荷のトレーニング器具も見繕ってきた。
それが、いま、報われる!
壇上から見上げる景色は、壮観だった。
彼の帰還を待っていた国民たちは、しっかり――
しっかりと、自らを鍛え上げて待っていたのだ!!!
男も女も子どもも老人も、たくさん。
たくさんのマッチョたち。
一部そうではない、顔色の悪い人も端の方にいるけれど、きっと私と同じで筋肉のつきにくい人なのだろう。
こんな風に、私の願いが叶うなんて。
嬉しすぎて鼻血出そう。
私の全身が発光する。
この嬉しい思い、そしてこの彼の”魅力”、この世界すべての人の心の隅々まで届け……!
そして奇跡が起きた。
彼の筋肉は今まで、人の心には作用していたけれど、肉体にはいまいち利きが悪かった。
けれど、その壁をこの式典で突破したのだ。
式典を見ていた人の持つすべての病気が完治していた。
ガンから、風邪から水虫まで、それはもうすべての病気が彼の魅力によって癒された。
広場の端の方にいた明日にも死んでしまいそうだった人も、病気が治ってムキムキに。きっと今までのトレーニングの成果が今、花開いたのだろう。
そうして広場はほんっとうに完全に、マッチョで埋め尽くされていた。
国民は彼のことを心から尊敬し、その国王も冠を自ら彼へと差し出す。
彼は、厳かにそれを受け取り、平和な治世を決意し、こうみんなに宣言した。
「筋肉による筋肉のための、筋肉の国を目指そう」
国民たちの嬉しそうな歓声が広がる。
私はそこで、あふれ出んばかりの世界の魅力にあてられて、気絶してしまった。
それから彼を崇める王国は広がり続け、ついには異世界は一つの国として平定された。
彼を慕う国民の寿命は、肥満度や運動不足解消による平均寿命の上昇の上に、彼の筋肉の魅力による病気の治癒のおかげで飛躍的に向上し、その筋肉によってQOLも爆上がりしたという。
そんな彼を討伐すべく、神たちがひょろひょろの勇者をよこした結果、ムキムキの超絶勇者へと変貌し、仲間入りを果たしたのはまた別のお話。
めでたしめでたし。
筋肉はすべてを救い、すべてを癒す 篠騎シオン @sion
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます