深夜の散歩はするもんじゃない
高久高久
深夜徘徊で遭った事
草木も眠る丑三つ時――なんて言葉があるように、深夜という時間は独特の雰囲気というか、空気を醸し出している。この空気が好きで、深夜周辺を自転車で散歩するのが趣味となった。特に行先は無い。周辺を適当に、ぐるっと1時間程度走るだけ。
俺の住んでいる所は中途半端な田舎。日を跨いだ時刻になると、コンビニが閉店する。開けていても誰も来ないし、利益にならないのだろう。
なので、本当に誰もいない。時折車の通る音なんかが聞こえるかな、という程度で誰かと遭遇する、なんて事は滅多になかった。まるで世界に自分しかいない――寂しさよりも征服感? そんな感じが気持ちよかった。
――この日も、俺は近所を走っていた。少し肌寒いくらいの気温が気持ちよく、自転車を走らせていた。
この日は普段行かない方角を走っていた。たまにする事だが、ルートの新規開拓というか、ちょっとした冒険心のようなものだ。近所と言っても知らない場所は多く、こうしたことで知らない店や場所を知るのも楽しかった。
辿りついたのは住宅街だった。店のような物は無く、少しがっかりした気持ちで自転車を走らせていた。
――どれだけ走った頃か。電柱の明かりの下に、影があった。人影だ。
人と遭遇する事は全くない、というわけではない。自分のような散歩だったり、運動の為走っているような人もいれば、こっそりと夜中にごみを捨てるような人なんかも色々と見てきた。
その人の印象は『何か変』だった。電柱の下を、ただ立っているだけ。電話やメールで足を止めているだけ、と言うのならわかるが、そうではない。ただ、手に何か持っているのはわかる。
その人は身体をこっちに向けていた。明かりが顔を照らす。中年の――男性? 女性? イマイチわからない顔立ちであったが、視線を俺に向けているような感じがする。思わず俺も走るのを止めてしまった。
その人は、ニヤニヤ笑っていた。何が面白いのか、良くわからない。良く見たら上半身裸だった。弛んだ醜い身体。ボサボサの長い髪。
――手元に、光る物があった。良く見ると、包丁だった。
急いで自転車を反転させたのと、ソイツが向かってきたのはほぼ同時だった。
自転車をジグザグ蛇行させながら、振り返るとソイツはもの凄い速さで走ってきていた。醜い中年の身体だというのに、追いつかれるんじゃないかと思わせる足の速さ。振り返る余裕なんてあるわけないのに、時折確認しないと怖くて仕方ない。見るのも怖いが、見ないのも怖い。
必死でペダルを漕いだ。蛇行させているのは、包丁を投げてきたら――なんて思ったからだ。
逃げ込める店は無いか。そもそもここは何処だ。とにかく必死にペダルを漕いだ。
どのくらい走ったかはわからない。ずっと、何時間も走った様な気がする。見覚えのある近所の大通りの明るさに、そろそろ限界だった俺の足が止まった。振り返ったが、ヤツはいなかった。
その後は念の為、遠回りをして住んでいるアパートまで帰った。その間も、部屋に入っても生きた心地と言うのはしなかった。
――それから少し経って、再びヤツの顔を見たのは新聞の地方欄だった。
通り魔的犯行で被害者が出た事が書かれていた。ただ安心できたのは、逮捕されたという事だった。
驚いたのは中年ではなくまだ20代だった事、そして女性だったという事だ。
犯行動機なんかまでは書いていなかった。小さい枠だ。あくまで事件の概要だけだった。
一歩間違えたら、俺が新聞に載っていたかもしれない。被害者として。その事を改めて思い、背筋が寒くなる思いをした。
だが逮捕されたのであれば、もう怖い事は無いだろう。暫くあの日から止めていた深夜散歩も、そろそろ再開させようか。そんな事を考えながら、近所のコンビニに買いものに出た時、見てしまった。見つけてしまった。
――何で今まで気付かなかったのか。
――部屋の入口。外に傷があった。刃物で引っ掻いた様な、線の傷が、俺の部屋にだけ。
――その日から、俺は深夜に散歩をするのを止めた。
深夜の散歩はするもんじゃない 高久高久 @takaku13
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