深夜の散歩と藁人形

右中桂示

その呪い、受験にも効果ありますか?

 ──駄目だ眠れない。


 羊を一万まで数えたところで、高志は目を開けた。

 世界はまだ真っ暗。スマホを見ると深夜二時頃。

 うんざりした顔で溜め息を吐いた。


 彼は高校三年生。受験生である。

 近頃はいつもこうだ。目が冴えてしまう。

 徹夜で勉強しても身には付かない。昼間に眠れる訳でもない。

 だから夜は寝て、あくまで健康的に受験勉強していきたいのだが、ストレスが原因なのか上手くいかなかった。


 そこで、軽く体を動かせば眠くなるかと思い、深夜の散歩に出かける事にした。




 そんな思いつきが、こんな事になるなんて。

 高志は深夜の町中で恐怖していた。顔は青ざめ、体は震える。

 その原因は、異音。


 カン、カン。

 うああああああ。


 妙な音と不気味な女性の声が聞こえてくるのだ。

 不吉な想像をしてしまい怖くなる。

 引き返したい、引き返さないといけない、と感じた。

 ただ、このまま帰ったら気になって余計に眠れなくなりそうだとも思った。


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 どうせ動物とか風とか、もしくは酔っ払いとかかもしれない。無害だと確認すれば安心出来る。

 超常的な物の訳がない。

 高志は意を決して音へ踏み込んだ。


 音を辿った先は公園。木々の中。

 慎重に進んでいき、見つける。

 ぼんやりとした灯りに照らされて、それはいた。


 白い着物。

 長い髪。

 恐ろしい顔。

 そして、藁人形。


「うわ!」


 驚き、尻餅をついた。そのままみっともなく後退り。

 当然相手に気付かれる。


 白い着物の女性は高志を見ると。


「あーあ、みつかっちゃったかー」


 やけに陽気な声でそう言ったのだった。




 驚かせたお詫びに、と丑の刻参りをしていた不審者に自販機のコーンポタージュ缶を奢ってもらった。

 ベンチに並んで座り、飲む。

 温かい。沁みる。

 それはともかく、愚痴が酷かった。

 パワハラ野郎がどうとか、セクハラ野郎がどうとか、ポンコツ新人がどうとか。そんな彼らを呪おうとしていたらしい。

 やけに情念のこもった吐露だったものだから、高志は妙に申し訳なくなる。


「なんか、済みません。邪魔しちゃって」

「あー、いーよ別に。どうせ本気で効果あるとか思ってなかったし。むしろ死なれたら困るし」


 あっけらかんと言われて、周りと彼女の姿を確認。

 すぐに納得した。


「……そもそも丑の刻参りって公園でやるもんじゃないですしね」

「やー、わざわざ遠くまで行くの面倒でさ」

「頭のは蝋燭じゃなくてサイリウムですし」

「融けたの頭にかかったら嫌じゃん」

「あとなんかその藁人形臭くありません?」

「分かる? やっぱ納豆のやつで藁人形作っちゃダメだね」

「……信じてないなら、なんでこんな事してたんですか」

「実際はどうあれ、アイツら今頃呪いで苦しんでるんだなぁ、って想像しながら飲む酒は乙なもんだよ」

「そろそろ帰りますね」


 この人は駄目な人だ。関わってはいけない。

 すみやかに逃げるのが最善手だろうと高志は立ち上がった。


「ええー!? もっとお喋りしようよー! ……あ、そうだ。君も呪ってみる?」

「え?」


 大きめの付箋とペンを差し出された。

 しつこさに辟易しながらも、刺激しないようにやんわりと断る。


「いや、呪いたい人なんかいませんし……」

「そう? んな事ないでしょ。誰だって一人や二人、三人や五人、十人や十六人とかいるもんじゃない?」

「だからいませんて。あと半端な数字なの生々しいので止めて下さい」

「えー。じゃあさ、人じゃなくてもいいんじゃない?」

「人じゃなくても?」

「そ。不景気とか安月給とか二日酔いとか爆死とか。うん、我ながら良い考え!」


 その提案は不思議と心に引っかかった。

 意味は無いと知っているのに。


「それなら……」


 まず不眠。

 そもそもこんな事になった原因である悩み。

 それから。不安、弱気。

 幾ら勉強しても自信を持てない弱さが苦しかったから。


 それらを、つい付箋に書いてしまった。


「お、真面目だねー」

「茶化さないで下さい」

「いや褒めてるって。真面目に勉強してたらもっとホワイトなトコに行けたかも、って思ってるんだから」


 少し後悔しつつも、実行に移す。

 既に多くの名前が書かれた付箋ごと釘に貫かれた藁人形。

 それに新しい付箋を重ね、その上から釘を打った。


 カン!


 小気味良い音が鳴った。思いっ切り打ちつけた感触も心地良い。

 気持ちがスッと軽くなった気はする。


「少年。いい顔になったんじゃない?」


 悔しいけど、否定出来ない。

 実際に清々しい気分ですらあるのだから。

 そのまま、余韻を噛み締めるように、しばらく立ち尽くす。


「ね、連絡先交換しようか」

「それは結構です」

「何ぃ!? 不思議な出会いをしたお姉さんに恋する所でしょうよ、ここは!」

「いやどう転んでも不審者ですし」

「名を名乗れ! 呪ってやる!」

「嫌です」


 ドタバタと子供のような掴み合いの喧嘩に発展。

 大人げない幼稚な争いの末に、頭に軽い痛みが走る。


「あ、よし! 髪の毛もーらい! これで呪える!」

「あ、ちょっと!」


 止める間もなく髪の毛を藁人形に差し込まれてしまった。

 すかさずコォン、と響く。

 が、やっぱり何も起こらなくて、二人で笑った。

 そこには確かに、おかしな一体感と爽快感があったのだった。






 その後、高志は大学に無事合格出来た。

 それは彼の努力の成果だが、もしかしたらこの時の呪いも良い影響を与えていたかもしれない。

 それと、いつの間にか出来ていた十円ハゲは、受験勉強のストレスのせいかもしれないし、この時の呪いが成就したのかもしれない。

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