幻想の影舞う夜へ

もやしいため

第1話

 ウキウキと心が躍る。

 夜のとばりが下りた暗い道を、月明かりを頼りに歩く。

 日々の空虚さに耐え、心待ちにしていた時間が訪れた。

 気分の高揚からか、ふわりふわりと周囲が明るく感じる。


 いいや、ひとつ、また一つと明かりが灯っていく。

 闇に浮かぶ薄明かりに彼女は惹かれ、足を踏み入れてしまった。

 幻想的な世界を、ただ一人ぽつんと歩く。


 虚空から光が揺れ降り注ぐ。

 ホタルのように規則正しい点滅を繰り返す。

 色とりどりのその姿は、まさに精霊が舞う姿だ。

 その傍には月を睨むドラゴンが焔を噴き上げる。

 対抗するように魔法使いが立ちはだかった。

 あれほど心強かった月明りも、相手が竜や魔法使いでは分が悪いらしい。

 存在感を奪われ、楽しむ自分の影が色濃く伸びる。


 自分の影だけではない。

 大小さまざまに形を変える影の住人がひょこひょこと現れる。

 音と共にきびきびと。風と共にふわふわと。

 あちこちから立ち上る強い光も相まって、揺らめく影に彼女は誘われ深みにはまる。


 奥へ。さらに奥へ。

 暗闇を引き裂くように、向かう先は光で満たされている。

 近付くほどにどんどんと自分の影が細くなる。

 強い明かりにかき消され、輪郭さえも滲んでいく。


 それはそうだ。

 こんな夜に太陽と同じだけの光が必要なのだから。


 このまま、満たされた時間が続けばいいのにと夢想する。

 けれど、一方向にしか進まない時間は戻らない。

 せっかく降りた夜のとばりが上がり始める。

 楽しい時間はもう終わり。


 そう、すべてを焼失させる太陽様のお出ましだ。

 暗い光に照らされて、影の住人は焼かれまいと逃げ出していく。

 皆一様に同じ方向へと一目散に。

 日の出前の後光だけでこんなことになるなんて。

 未だに太陽に代わる力を持たない人には抗えない。


「あぁ、終わっちゃったか」


 暖かい陽に照らされる彼女は、残念そうにつぶやいた。

 あのまばゆく幻想的な宴は終わったのだ。

 短いうたかたの夢のように儚く脆く。

 明日からは――正確には、もうとっくに今日ではあるが――また激務が待っている。


 何とか取れた休みを堪能するため、彼女は全力で『工場見学』を楽しんだのだ。

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幻想の影舞う夜へ もやしいため @okmoyashi

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