Ch.26 帰郷
話が終わるや否や、三人はすぐに駆け出した。
しかし、狭い路地は反響音を増幅させる効果があるようで、少しの間に遠くから足音と人々の喋り声が次々と聞こえ、島民たちがどんどん近づいてきた。
「島民たちが来るのが速すぎないですか?」譚雁光は息を切らしながら尋ねた。
「彼らはゴキブリなの?なぜそんなに来るのが速いんだよ!」曹永賀は走りながら悲鳴を上げた。
「俺たちは囲まれたようだ」向経年は言った後、すぐにより広い道を指差した。「広い道に行ったほうが捕まれない」
三人は広い道へ曲がった。しかし、島民たちが泥棒を追い詰める勢いは減るどころか、逆にどんどん増えた。遠くの騒がしい声はますます大きくなってきた。三人は逃げるのに疲れ果てたが、ある角を曲がったところで、島民たちに偶然に出会った。
「あそこだ!」島民の一人が彼らを指差して叫んだ。「彼らを捕まえろ!」
島民たちはたちまち棒や鍬を持って駆けつけて来て、中にはかなり興奮している人もいた。三人が本当に極めて凶悪な逃亡者であるかのように、無慈悲に棒を振って恐ろしい形相をして攻撃してきた。
「気をつけろ!」
向経年は譚雁光を引っ張り、横から急速に振り下ろされた鍬をかろうじて避けた。
「ありがとう」
譚雁光は息を切らし、長い間全速で走った彼の顔がますます青くなっていた。
「ああああ、来るな!」曹永賀は叫びながら、あらゆる攻撃を機敏に避けた。「なぜ彼らは僕たちを本気で殺したいように見えるんだ?僕たちは彼らの父を殺した仇敵じゃあるまいし!」
仕方なくもう一度方向を変えるしかない三人だったが、交差点に到着するたびに人だかりが集増えて道が塞がれ、彼らは何度も他の道に行かなければならなかった。
交差点で何度も行く手を塞がれ、方向転換を余儀なくされた。そのとき、譚雁光は突然に口を開いた。激しい運動のせいか、それとも他の理由なのか、その声は震えていた。「この島民たちは……もしかしてわざと僕たちを特定の場所に移動させるように駆り立てているんですか?」
向経年はドキッと驚いた。その言葉についてじっくり考える時間がないまま、交差点に飛び出した途端に出くわした人の群れに圧倒された。三人は慌てて足を止めた。
彼らは無意識のうちに、もしくは誘導され、ある広い交差点にたどり着いたことがわかった。そして目の前には大勢の島民たちが虎視眈々とこちらを見っていた。
「マジかよ!雁光兄……あなたの言う通りだ」曹永賀は目の前にいる大勢の島民を見て、泣きたいのに涙が出なかった。「僕たちは囲まれている」
向経年の頭に浮かんだ最初の考えは、これが一体どうやってできたのだろう?
一般人の『はず』だった島民たちは、どうやってこのように分業して効率的に包囲網を張ることができる?自発的な暗黙の了解よりも、誰かが島民たちを指示している可能性が高い。
島民たちは彼らを警戒している。向経年は息を整え、両手を上げて前に出た。「皆さん、俺たちは悪意がありません。今朝阿月おばさんのところで起こった事は事故です。我々は何にも盗んでいません。ご確認ください。」
向経年は不安を感じ、自分が無害であることを示そうとした。しかし、怪しいことに、向かいの島民たちは全く動揺せずにいた。彼らは頭を向けてお互いに言葉を交わしたり、合図したりすらしていなかった。目をそらすのはまるで罪であるかのように、ひたすら彼らをじっと見つめていた。
向経年は唇を巻き込み、緊張で手を握りしめ、また無害であることを示すために放した。彼は声を上げた。「皆さん、俺たちは本当に何にも盗んでいません。全ては誤解です。俺たちは、ただ船の難破事故で波に流されてきた者です」
この時、島民はついに動き出した。一番前に立っているのは、およそ三十、四十歳の小柄で平凡な外見の男だった。彼の顔は無表情で、隣の島民たちと同じように目だけで彼らを必死に見つめていた。彼は口を開いた。「村長は、あなたたちを捕まえろと言った」
「それは誤解です……」
「村長は、あなたたちを捕まえろと言った」
「それとも村長にきてもらえますか?」
「村長は、あなたたちを捕まえろと言った」
その男は繰り返すことしかできない機械のようなもので、同じ言葉を繰り返して答えた。その言葉は怪異な感染源のようで、男から徐々に周りへ広がっていった。島民一人一人は気が触れてしまっているようで、無表情で言葉を唱えていた。よく聞くと、全て同じ言葉なのだ。
「村長は、あなたたちを捕まえろと言った」
「村長は、あなたたちを捕まえろと言った」
「村長は、あなたたちを捕まえろと言った」
皆の声は耳をつんざくほど大きく、密に伝わってきた。奇妙なリズムの音調にまとめて行き、人々の心に深く根付いた経文のようだが、呪いの儀式にもっと近い。そして、彼ら三人は壺の中の生贄のようだった。
「向、向兄……」曹永賀は驚怖に震え、恐怖のため声が歪んで調子が狂った。彼はキンキンした声で言った。「こ、これ、こいつらは魔、魔が差したじゃないか?」
この奇妙で非現実的な場面に直面し、向経年は言葉を失った。彼の喉は緊張のために渇いて締められると感じて、自分の荒い息しか聞こえなかった。彼はできるだけ二人を引き寄せて自分の後ろに庇護するしかできなかった。
後ろの譚雁光の抑えながら震える呼吸が聞こえ、彼は後ろに手を伸ばし、相手の冷や汗をかいた冷たい手を掴んだ。
唱えられている怪奇な呪文は、ピークに達したとき、唐突に終わった。
先頭の男は彼らに目を向けてから、手をあげて指差した。「彼らを捕まえろ」
この命令により、すべての島民が鬼に変身したように見え、彼らに向かって殺到した。
「逃げろ!」向経年は大声で叫んだ。襲いかかってきた島民を蹴り飛ばし、二人を引っ張って振り向いて逃げ出した。
曹永賀は生涯で最も大きな叫び声を上げて、数人の島民に腕を掴まれた。島民の一人は彼の首を絞めようとした。これを見て、向経年は急いでその人に一撃を加え、曹永賀を引き抜いた。
「あっち行けようぅぅぅ!」曹永賀は脱げ出した後に振り返り、二回も蹴った。
息をつく前に。曹永賀は向経年の後ろを指差した。「雁光兄!」
向経年が頭を向けると、譚雁光は五、六人に囲まれ、手と足が押さえられて動けなくなっているのが見えた。
「雁光!」
向経年と譚雁光が駆けつけた。向経年は手足併用で島民を蹴ったり殴ったりして引き離した。
譚雁光は狼狽して立ち上がった。向経年は急いで彼を引っ張って走った。
「永賀!行くぞ!」
曹永賀は向経年の後ろで返事をした。
向経年は道を開けるために前に出て、彼は木の棒を拾って譚雁光に渡した。「迷うな」
譚雁光は木の棒を受け取り、静かにうなずいた。
三人は島民の包囲網をよろめきながらもがいて通り抜け、複雑に入り込んだ路地に戻って追跡戦を始めた。道中、向経年は立ち止まる勇気も手加減する余裕もなかった。島民が彼に襲いかかってくるたび、彼は素早く前に出て相手の攻撃をブロックする必要があった。状況が許せば、彼は相手をつまずかせていた。相手が攻撃的であれば、彼は直接にパンチを一発お見舞いしていた。
「向経年!」
向経年が一人の島民を蹴り倒した直後、頭を向けると、別の島民が拳を上げて駆け寄るのが見えた。反応する前に、「ドォン——」という大きな音が鳴り、譚雁光は棒で島民を殴って気を失わせた。
その大きな音を聞いた向経年は、後頭部にしびれを感じずにはいられなかった。
「ぼーっとしないで、早くに行きましょう!」譚雁光は眉をひそめ、向経年に向かって言った。
向経年は我に返り、立ち去ろうとしたところ――
「弟!弟よ!」
隅から、息を呑むような柔らかい呼び声が聞こえた。
その場にいた三人は呆然した。しばらく辺りを見回すと、建物の群れで目立たない狭い路地に音の発信源を見つけた――阿蓮だった。
阿蓮は相変わらずコットンのジャンパーと花柄のシャツを着ていた。狭い路地に身を隠して頭を突き出し、譚雁光に手を振った。「弟、ここ!」
三人はお互いに見合わせ、彼らを凶悪で追いかける島民の中に、突然優しい人が現れ、みんなは少し戸惑った。結局、最初に阿蓮に近づいたのは譚雁光だった。
譚雁光が近づいてくるのを見て、阿蓮はすぐに彼の手を掴み、神経質に囁いた。「ここから行くよ。気付かれないように気をつけてね」
譚雁光は他の二人を見て、意見を求めるように眼差しを向けた。
「行こう」向経年はうなずいた。「他に行けるところがないし」
曹永賀もそれに賛成した。
三人は阿蓮について狭い路地に入った。道中、阿蓮は建物の間の隙間や隅か木立に隠れた非常に目立たない路地を通っていた。途中に他の島民とほとんど会わなかったので、阿蓮がこれらの狭い路地に精通していることがわかった。
譚雁光は先導する阿蓮を見て、しばらく考えた後、前に出て話をかけた。「阿蓮さん、どうして僕たちを助けてくれるんですか?」
その言葉を聞くと、阿蓮は振り返り、微笑んで答えた。「だってあなたはうちの弟だよ」
譚雁光は少し間を置いてから、続けて尋ねた。「僕たちを助けたことが他の人に知られても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。他の人は気づかないよ。皆バカだから」阿蓮は嬉しそうに答え、少し考えてからまた口を開いた。「でも、警察にバレたら大変だね」
――警察?
譚雁光はその言葉を聞いてぽかんとした。そして、彼は向経年と視線を交わした。
この島には警察がいないのではなかったか?
譚雁光はさらにいくつかの質問をしたが、阿蓮は再び話さなかった。阿蓮はただ小さい声で口ずさんしながら道に導いた。
十分ほど過ぎると、四人は狭い路地から出た。目に入ったのは森と人が踏み固めて作られた小径だった。
阿蓮は楽しそうに小径を歩き、譚雁光に言った。「弟、ここだよ。ここから行くと速い」
「ここはどこだ?」曹永賀は目の前の大きな森をぼんやりと見つめた。「島にこんなところがあったの?」
向経年は周囲と後ろの建物群をじっくり見回し、突然気づいた。「待って、ここは……多分繁華街西側の森だ」
曹永賀はすぐに顔色が変わった。「それはお化けの森じゃないの?」
「お化けなんていない」向経年はぶっきらぼうに答えた。「全てはお前の憶測だ」
曹永賀は不思議そうに振り返った。「さっきの島民の様子を見て、向兄はまだここにはお化けなんていないって言い切れるのか?」
「……」
阿蓮は二人の会話に注意を払わず、期待している目で譚雁光を見るだけだった。
譚雁光は立ち止まって尋ねた。「阿蓮さん、僕たちをどこへ連れて行こうとしているんですか?」
阿蓮は微笑んで言った。「私たちのおうちに帰るんだよ!」
情報を聞き出せずにいた譚雁光は辞めざるを得ず、他の二人を呼んで道に入った。
森の小道は意外と長くなかった。約三から五分で四人は森を出た。
彼らを出迎えたのは、先ほどと変わらない建物群だった。
「あれ?森の奥も住宅街なの?」曹永賀は驚いた。
向経年も少し怪しんだ。
森を通り抜けたらとてもリラックスしたように見えた阿蓮は、気軽く通りを歩いていた。彼女は譚雁光に手招きし、ついてくるようと示した。
よく見ると、建物の外観は森の向かい側の住宅地と同じスタイルと間取りである。違いといえば、ここは人が住んでいる気配がないことだ。
道を歩いていると、四人の足音だけが聞こえ、わずかな人々の活動音すら聞こえなかった。二、三軒の家を通り過ぎた後、建物は新しく見えるが、長い間に誰も触っていないように、ドアと窓の枠が埃で覆われていることに向経年が気付いた。
――この住宅街は空城かもしれない。理由もなく、向経年は頭の中にピンと閃いた。
阿蓮の家は遠くなく、数回曲がるとたどり着いた。わずか二階建てで、瓦屋根とオフホワイトのレンガ壁があり、とても美しく精巧な和風洋館である。
阿蓮は赤色を塗った鉄の手すりを引っ張って開けた。「弟、早く入って、美味しいものを用意するから」
譚雁光が先にお礼を言い、三人は家の中庭に入った。
中に入ると、庭はとても綺麗に整頓されており、鉢植えの花壇もとてもきちんと手入れされていることに気付いた。家主の用心深さが伝わってきた。
「向兄、この家は日本の家みたいな回廊があるね!」曹永賀は家の左側にある突き出た廊下を指差して叫んだ。
「お、本当に日本の回廊だな」向経年も少し驚いた。「阿蓮さんの家はとても綺麗だな」
「あれは回廊じゃなくて、縁側と言います」二人の会話を聞いた譚雁光は、訂正せずにはいられなかった。
「ああ、縁側と言うんだ」曹永賀はやっと理解した表情で感嘆した。「勉強になった。これもわかるって、さすが雁光兄」
譚雁光は少し立ち止まった。
この時、阿蓮はお茶を持ってきて、譚雁光が縁側を見つめているのを見て、微笑んで尋ねた。「弟、そこで食べる?」
その後、譚雁光の返事を待たずにそちらへお茶を持って行った。
三人は顔を合わせて、後について行った。
阿蓮は機嫌が良さそうで、お茶の横にいくつかの小さなせんべいが置いていた。三人が近づいてきたのを見て、他の二人を見ることもせず、譚雁光を引っ張り、座布団を渡して座らせた。残りの二人は完全に無視されていた。
向経年は頭をかいて地べたに座り、曹永賀も一緒に座った。深い色味の縁側は温かみのある触感があり、座り心地は悪くなく、ほのかな木の香りが匂った。
三人は申し合わせたかのようにため息をつき、一瞬驚いたがすぐに笑ってしまった。朝の追跡地獄からようやく解放された三人は、ひとまず安堵の息をついた。
向経年は頭を向けて阿蓮に話をかけようとした。「阿蓮さん、ここの住宅地は人があまりいないようですね?」
しかし、阿蓮は彼に微笑んだだけで、答えずに鼻歌を歌い始めた。
「……」向経年は諦めず、もう一度訪ねた。「阿蓮さん、この辺の人はどこへ行ったんですか?」
今度阿蓮は彼を完全に無視し、聞こえていないように譚雁光に言った。「弟、ゆっくり食べてね。ちょっと片付けてくる」
話を終えた後、一人で勝手に屋内に戻った。
向経年は目を見張って譚雁光を見た。
譚雁光は思わず笑ってしまった。「僕が聞いて見ましょうか」
「そうするしかない、頼むね」向経年はため息をついた。「阿蓮さんはあなたの言葉にしか反応しないね」
「多分、雁光兄がイケメンだからだよ。向兄」曹永賀はそばで口を挟んだ。
向経年は無言で曹永賀を睨みつけた。
曹永賀は笑いながら首を横に振って、言い合っている二人を無視した。そして、阿蓮の後を追って屋内に入った。
阿蓮が居間に座り、何かを持って注意深く拭いているのを見た。
譚雁光は前に出て、相手の精神状態を考えた後、あまり驚かせたくないので、一人分の距離が離れた席に座っていた。ちょうど口を開こうとした時、相手が腕の中に持っているものを目の隅に入った。
譚雁光の頭は真っ白になった。
彼は驚怖に近い気持ちでその物を見つめていた――一つの写真立てだった。
それは白黒の家族写真だった。六十年前の写真撮影技術は進化していなかったが、その写真からは、夫婦と彼らの二人の子供の写真であるとわかった。
夫の方は白いシャツにネクタイ、まるいメガネをかけている優しそうな男性であり、隣にいる妻は同じ花柄のシャツを身に着け、優しい表情を浮かべた――それは阿蓮だった。
そして、彼らの子供たちは二人の男の子で、大きな子が一人、小さな子が一人だった。下の子は十二、十三歳くらいで眉目秀麗であり、上の子は少年の様子で、父と同じの白いシャツとサロペットを身に着け、冷静な表情をしていた。見た目は——譚景山と全く同じだった。
――あるいは、それが譚景山だった。
譚雁光は自分が呼吸しているかどうかわからなかった。
その白黒写真に兄の顔を見たとき、彼は恐怖のめまいと動悸しか感じなかった。空白が彼の体を襲い、二つに引き裂かれたかのようだった。半分はその場に凍りつき、残りの半分は体から引き出され、空中に浮かんでこう言った。ほら、すでに予感があったでしょう。
彼は自分の顔色がどのように見えるかを知らないし、どのような反応すべきかをも知らなかった。石化の呪文をかけられて像になったようにその場に凍りついた。
阿蓮は彼の視線に気づいたようで、顔を上げて彼に微笑みをかけた。「この写真立ては久しく拭いていなかったよ。今日はこれを綺麗にしてから居間に飾るよ」
譚雁光は唇の端を動かし、自分が何を言っているのかあまり確定できなかった。もしくは彼は何の声も出していなかったかもしれない。まるで水を離れた魚のように、ただ口を開いたり閉じたりして無駄に呼吸しているだけだった。
これを見た阿蓮は、何を理解したかわからないが、ただ穏やかな表情で彼に近づいた。あの邪悪な写真立てを抱きしめ、彼の手の甲を軽く叩いて、そっと言った。「弟よ、怖がらないで」
「あなたはもう家に帰ったよ」
【一、波間に潜む】終わり
海塩の結晶 江藻/KadoKado 角角者 @kadokado_official
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