夜に歩けば怪に当たる

目々

春夜は短し歩けよ怪異

 呼びつけといてあれですけど、来てくれたのは本当にありがたいんですけど。

 深夜の十二時過ぎて即駆けつけてくれんの、色々大丈夫なんですか、先輩。


 来年から大学四年生でしょ。俺も三年ですから人のこといえませんけど、いいんですか若い身空でそんな有様で──いや悪口を言いたいわけじゃないんですよ。マジで先輩さまさまなんで、頼むから帰んないでください。まだ夜中なんですよ。俺一人でいたくないんですよ。ここの払いも持ちますから、ね? 煙草代であんまり残ってないけど。


 そう、煙草買いに出たんですよ。


 休みなんで夕飯から飲んでたんですよ。貰いもんの日本酒。そしたら酒、変な回り方しちゃって寝付けなくて。おまけに煙草切らしてんの気づきまして。

 で、コンビニ行ったついでにふらふらっと出歩いてたんです。春ですし。雪も日陰以外はないし風もマシになってるから、散歩ですよ。

 夜中に外、出歩いて怒らんないのって大人の特権だと思いません? 俺、酒と煙草に加えて最高の解禁要素だと思ってますよ。暗がりを好き勝手に歩いても、補導だの指導だの食らわないですむの最高でしょ。


 夜の使い道、ガキの頃って寝る以外になかったじゃないですか。それがどう使うか選べるようになるってのは、嬉しいことだと思うんですよ。


 それに、何ですかね。春、浮かれるじゃないですか。

 夜になっても妙に落ち着かないっていうか、ざわざわするっていうか、虫に神経齧られてるみたいな感じがずっと続く感がありません? また今日は月が良かったもんだから、ついふらふら歩き過ぎちゃって。そういう蟹が出てくる話ありませんでした? 月夜の蟹が痩せてる理由、みたいな小説。なんだっけな。月明かりでノリで出てきたけどやめときゃよかった、みたいな感じの話。ちゃんと思い出せないけど、蟹も人も寝つけないもんなんですかね、月夜。


 で、そうやってふらふら歩いてるうちに。コンビニのある大通りからちょっと離れて、公民館の方行ったんですよ。


 あ、って顔しましたね。先輩。そうなんです。団地があるでしょ、あそこ。

 結構年季の入ったやつがずらっと。規模がデカいんですよね。下手すりゃ昭和の頃から建ってるんじゃないですか? 俺の親も知ってましたもん。俺らが小学校のとき、心霊スポットだって話になったんですよね。そん頃やってた映画が、団地でアイドルがひどい目に遭うやつだったんですよ。そんでこう、あそこもボロくて暗くてデカいじゃないですか。映画でお化けが出るんならあそこだって出るだろ、ってことです。子供って馬鹿ですから。

 県営なんですよね。中学んときの同級生なんかにはあそこに住んでるやつもいて、たまに遊びに行くっていうと母さん露骨に嫌な顔してました。

 あれですかね、団地の子と遊んじゃいけないみたいなやつ。

 別にそいつ、友達は悪さをするようなやつじゃなかったですけど……一回そいつの部屋でゲームやって遊んでたら救急車来たことはありましたね。ずーっとサイレンが鳴ってて、なんだろうねって話しながらゲーム続行してましたけど。普通に暗くなる前に帰りました。その後も何回か行きましたけど、高校で別れたんでそれから出入りしてないです。


 で、懐かしいなーみたいな感じで足が止まったんですよね。

 団地名のプレートの横、正面入り口みたいなとこで突っ立って眺めてたんです。普段あんまりじろじろ見れないじゃないですか、団地っていうか、集合住宅。人の家ですから。不審がられて通報されんの、嫌じゃないですか。疚しいことはなくても。

 昔遊びにきたな、とか今見ても結構広いよな、とかそんなこと考えて、しばらく眺めてました。


 怪獣の死骸みたいだな、って思いましたよ。や、見たことないですけどね、怪獣。真っ黒い大きなものが横たわってる感じで。この建物の中に人とか住んでるんだろうに、すごく冷やかなんですよね。

 靄でもかかったみたいな頼りない街灯と、月のぼやけた光のせいで余計に暗くなるんです。夜が凝るっていうか。

 あれですね、墓石みたいだなって思いました。失礼な話ですけど。


 そうやってしばらく眺めていたんですけど、ふっと気づいたんですよね。

 視界に違和感があるっていうか、何か気にかかるものがあるんだけどちゃんと見えてないっていうか。そうだな、目の前に髪が一本ちらちらしてて邪魔なのに、いざ掴んでどけようとすると全然掴めない、みたいな感じですかね。

 何かあるのは分かるのに、何に気づいてるのかがいまいち分からないんですよ。

 何だろう、ってじーっと見てました。ちょっと視点ずらしたりして。

 五分ぐらい経ってからかな、分かりました。


 建物の真ん中、階段の踊り場。

 最上階に近いところで、ひょいっと白いものが覗くんです。


 や、分かんないんですよ。何か白い、というか、色も本当は曖昧です。ただ明らかに真っ暗な中で異質なものが出てきたっていうか、分かるんですよ。目立つんです。

 見当がついて視線を向けると引っ込む。逸らすと、視界から外れる寸前でひょこっと出てくる。戻すとまた見えなくなって、そんで繰り返しです。

 何だこれ、一体どういう仕掛けだろう──って、呆然としてたんですけど。


「見てるだけですよね」


 いきなり声掛けられて、びっくりしましたね。えっ夜中だぞ、ってがっつり振り返ったら、


 紺色のブレザーに暗い緑色のプリーツスカート。

 中学生らしい制服の女の子は、俺に向かって一礼してくれて。

 そのまま跳ねるような弾んだ足取りで俺の横をすり抜けて、団地に入っていって──そのまま団地の棟の合間まで行って、見えなくなりました。

 ざらざら、足音が遠くなっていって……遠くで吹いてる風の音がやけに大きく聞こえんのが。あれ、嫌だったな。


 困りましたよね。だってほら、ありえないじゃないですか。

 今の何だったんだ、白いのもなんだって話だけど遠くだからまあいい、この辺の制服ブレザーあったっけ、どうして夜中にあんな子が出歩いている──そう、夜中だ。

 夜中に子供が出歩くなんて、訳がないと困るじゃないですか。


 そういうことを突っ立ったまま考えていたんですけど、突然気付いたんです。

 風の音と遠くの車の音。それに重なるようにして、ざらざらって。

 また足音が聞こえてきたんです。


 あ、周回してんだ。


 慌てて走りました。つうか、逃げましたね。今呼びかけられたら多分終わるだろうな、とか前以外見たいけどやめた方がいいだろうなとかそういうこと考えて、ひたすら明るい方まで走って。

 そうやって頑張って何とかコンビニまで逃げられたから、先輩呼んだわけです。

 そんで一人にしないでひと気のあるとこ連れてってくれって頼んで、今こうしてファミレスでパンケーキ食べてるわけです。ファミレスの深夜メニューって選択肢少ないですよね。まだサンデー食べる時期じゃないでしょ、冷えますよ腹とか。


 はい。

 何だったの、ってのは俺も困ってるんですよ。


 確かに噂はあったんですよ。でも嘘だってのも、映画にその……便乗しての悪ふざけだっての、みんな意外と分かってたんですよ。

 だって現に住んでるやつ、結構いましたからね。友達、笑ってましたもん。そんなもん出たら一番に大騒ぎしてるよって言ってました。噂だと飛び降り自殺がー、とか一家心中がー、みたいな派手なことやってましたけど、全部ないはずですもん。親知らないって言ってましたよ。つうかこんな田舎ところでそんな事件ことあったら、映画のことなんかすっ飛ばして噂になってますよ。

 だからまあ、分かんないんですよ。全部。なんで見えたのか、なんで歩き回ってたのか、なんで俺に声掛けたのか。一つも分かんねえ──あ、最後は解説か。だとしたらますます嫌じゃないですか。そんなもんに親切にされるの、もっと分かんないじゃないですか、理由が。


 ところでですね、先輩。

 俺今玄関に背向けて座ってるじゃないですか。そう先輩が対面。先輩は向こう、店の外をずっと見てるわけです。

 んで、ここのファミレス、俺の右手の方の壁、こっち側は大窓じゃないですか。駐車場が良く見える。でも駐車場しかないわけです。あと個人医院が遠くにある。皮膚科ですよね確か。


 だからまあ、見間違いだと思うんですよ。


 さっきから横の窓、学生服っぽい格好の人が通ってるような気がするんですけど、そんなことする人いるわけないじゃないですか。真夜中なのに。深夜営業のファミレスの周りをぐるぐる回る人なんて、そんなの怖いじゃないですか。ましてや学生服なんて。本物でも趣味でも、どっちでも嫌でしょう。夜に出歩くのも学生服着るのも自由ですけど、限度ってもんがあるでしょう。


 ねえ、先輩。何か言ってくださいよ。追加頼んでもいいですから、ねえ。そういう顔で黙んのとかやめてくださいって。先輩。

 何見えてるかとか、そういうこと、いいですから。違う話しましょう。蟹の話とか。

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