米川くんのひとりごと ~深夜の散歩編~

篠崎 時博

米川くんのひとりごと 深夜の散歩編

 散歩は好き。


 特に好きなのは、晴れててぽかぽかした日のお昼過ぎに歩くこと。

 風が強くなければ、なお良い。


 だから、冬は基本散歩はしない。


 だけど……、今日は仕方ないね。

 だってお隣さんの喧嘩の声、すごかったもん。


 無理だよ、起きちゃうよ。寝れないよ。


 ホットミルクでも飲もうと思ったけど、牛乳切れてるし。

 でもコンビニまではちょっと遠いから、行くの面倒だし。


 こうして外に出て散歩するしかないよね。


 ……でも、あれほど言い合えるってある意味すごいことかも。


 お互いに我慢の限界がきちゃったのかな。


 夫婦にしか分からないことって、きっとあるんだよね。

 僕にはそういう人はいないから、よくは分からないけれど。


 喧嘩できる相手がいるってのは、ちょっとうらやましいかなぁ。


 そういえば昔……、そうだ、あの人と喧嘩した。


 あの人、確か、今の僕より若かったはず。

 

 あの時はまだ子どもで、なんにも分かってなかった。

 でもあの人は、僕とちゃんと向き合ってくれた。

 きっと僕のこと、分かろうとしてくれた。


 今頃どうしているかな。


 元気でいるかな。


 元気だといいな。


 そうであってほしい。


 ……ん?何か降ってる?

 

 なんだろう、雨?……じゃなさそうだ。

 

 白くて……、これは――、 

 

「……雪?」


 もう春も近づいているっていうのに、雪。


 明日はあったかくなる予報なのに、雪。


 雪かぁ……。


 白くて、フワッとしていて、そして直ぐに消える雪。


 こういう雪っていいよね。

 なんだかはかなさを感じるから。


 少しだけ優しい気持ちになれそうだから。


 固いは痛い、強い、そして辛い。

 柔らかいは弱くて儚い、けれど優しい。


 今日、こんな時間に外に出てなかったら、雪が降ったこと、きっと気づかないで過ごしていたな。


 そう思うと、なんだか不思議な気分になるね。


 ――さて、お隣さんの喧嘩はおさまったかな。


「どうか、誰かが誰かに優しくなれますように……」


 今、ここで降った、この雪のように。

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