ブレーメンから来ました

ハスノ アカツキ

ブレーメンから来ました

 日課の深夜ジョギングで、気付くと遠くまで来てしまっていた。

 どこをどう走ってきたのか息も上がっている。

 帰り道は散歩がてら、ゆっくり帰ろう。

 そう思ってしばらく歩いた先で、出会ってしまった。

 ちょうど角を曲がったところに、背の高い化け物が道を塞いでいた。

「お前、悪党の家を知らんか?」

「悪いやつ」「金持ちの」「コケコッコー」

 化け物からはいろんな声が聞こえる。

 常軌を逸した状況なのに、どことなく親近感を覚える。

 よく見ると化け物は背の高い1つの生物ではなかった。

 ロバの背にイヌ、イヌの背にネコ、ネコの背にニワトリが乗っている。

「ブレーメンの音楽隊だ!」

 ロバ、イヌ、ネコ、ニワトリがブレーメンの音楽隊に入ろうとしたものの、途中で盗賊の家に押し入る話だ。

 目の前の化け物同様、皆が背に乗って化け物だと思わせて盗賊を家から追い出すのが爽快で、幼い頃よく読んでいた。

「お、貧乏そうなのに俺たちを知っているのか」

「有名になったな」「俺たち有名人」「コケッ」

「初対面の人間に貧乏とか言うなよ」

 不平を漏らすが全く聞く耳を持たず、有名になったことを喜んでいる。

「でも結局、音楽隊に入らずに盗賊の家で幸せに過ごしました、だろ? 何でまた悪党の家を探しているんだ?」

 途端に4頭とも深刻な顔をして俯いてしまった。

「結局は、どこに行っても必要なのは金なんだ」

「お金が必要だ」「腹もへった」「コッコー」

「代表者を決めて他は一旦黙っててくれ」

 ならば、とひそひそ話して代表者が決まる。

「コケコッコー!」

「お前は代表者になるなよ!」

 結局、ロバが代表者になった。

 ロバはどことなく悲しそうに話し始める。

「最初は盗賊から奪った金で暮らしていたが、限界がきてな。同じ手口で金を得ようと、悪党の家を探している」

「童話の時代のドイツと違って、現代日本で化け物が出てきても家は出て行かないよ、やめなよ」

「だから最近は窓壊して侵入してる」

「めちゃくちゃ犯罪じゃねーか!」

 そういえば最近、物騒になったと聞く。

 まさか、こいつらか。

「悪党かどうかなんて家見ても分かんないし、働くなりどっかで飼われるなり他のことしなよ」

「いや、家を見れば分かる。金持ちは大体悪いことをしている」

「偏見過ぎるだろ!」

 絶対この辺りの治安が悪くなった原因はこいつらのせいだ。

「まともな金稼ぎしてるヤツの家だったらどうするんだよ」

「まあ貧乏な俺たちに少しくらいくれたっていいじゃん」

「お前らが1番悪党だろ!」

 何だかこいつらを説得しなきゃいけない気がしてきた。

「とにかく世話してくれるところを探すよ。ちょっと行ったところに農学系大学があるから、ね」

「これだけ世間様を騒がせたんだ。害獣扱いされて殺されないか?」

 ロバは今までで1番悲しそうに言う。

 黙っていた3匹も、それぞれ悲しそうに鳴き始めた。

「やめようと何度も思ったさ。でも殺されるのが怖くて、普通の生活に戻れなかったんだ」

「そりゃ怖いと思うけど、でもこのまま人のお金を奪うなんて、もっと良くないよ」


「その言葉、忘れるなよ」


「え?」

 ロバもイヌもネコもニワトリもいなくなっていた。

 代わりに血のついたバールと金が俺の手に握られていた。

『俺たちブレーメンの音楽隊は、いつでもお前の心とともにいる』

 ロバたちの声がどこからか聞こえた。

「まさかあいつら、俺の心にいる化け物?」

 ミュージシャンを目指して上京したものの、そもそも生活費が足りなかった。

 高額なバイトを探している内に、もっと楽な方法を知ってしまった。

 良くない噂のヤツを狙うようにしていたが、だんだん金持ちが皆悪いヤツに見えてきた。

 自首しようと何度も考えたが、怖くてできなかった。

 この生活を、続けるしかできなくなっていた。

 そうだ、今日だってジョギングじゃない、俺は。

「逃げて、きたのか」

 遠くではパトカーの音が聞こえていた。


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ブレーメンから来ました ハスノ アカツキ @shefiroth7

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