異世界小噺 『新月の散歩者』

宇枝一夫

黒曜の魔法使い

 《ルミナ魔法連合都市》。


 それは古より、火、水、土、風の四大精霊魔法、そして光属性の白魔法、闇属性の黒魔法の研究機関が合体した、一大魔法都市。


 また、あらゆる国に属さない完全な独立と中立を保っており、王国から辺境の村まで、魔法に関する依頼なら分け隔てなく受けていた。


 そして、都市の外れにある広大な敷地には、《ルミナ魔法学園》が存在し、世界中から魔法の素質のある若者が集められ、高名な講師の元、日々、厳しい講義と鍛錬が行われていた。


 そんなある日の、初等科の階段教室では……。


『……いいか! 四大精霊の魔法を使うとき、精霊に関連した触媒、火の精霊の場合は燃えやすいものだ。そういう物を身につけていれば、魔法が発動しやすい!』


 赤毛の中年の魔法使い、《炎竜えんりゅう》の二つ名を持つ《コネリー》による火の魔法の講義が行なわれていた。


『では実地訓練をやるぞ! 準備しろ!』


 コネリーの魔法使いらしからぬたくましい肉体と、その口から発せられる力強い声に、


『はい!!』


 生徒たちはまるで兵士のように一斉に立ち上がる。


 そして、手のひらを上に向け、油を塗ったり、紙くずや石炭を乗せていた。


『では詠唱、始めぇ!』


『……数多の炎の精霊よ、我が手に集いたまえ』


“ボッ!”

“ボワッ!”

“メラメラ!”


 生徒たちの手の平からは炎が湧き上がるが、一人だけ指先ほどの火しか発動しない生徒がいた。


「……なんだぁ、《カルセ》、まだそんな火しか発動できないのか? 実地訓練を始めてからもう半年になるぞ」


「は、はい……」


 カルセと呼ばれた黒髪の少年は、バツが悪そうにうつむいた。


「たしかお前、去年の学科では特待生並の成績だったんだろ? もうちっと気合い入れないと、ふるい落とされるぞ」


 魔法学園の初等科では一年生が学科、二年生が四大精霊魔法の実地訓練、そして三年生は適正にあった属性を専門的に学ぶ。


 しかし、適正無しと判断されれば、容赦なく切り捨てられるのであった。


「す、すいません」


“クスクス”と生徒たちから嘲笑の声が漏れる。


“キ〜ンコ〜ン〜カ〜ンコ〜ン……”


「おっと、今日はここまで! 各自、触媒を変えての復習を忘れるな!」


『はい!!』


 ― その夜 学園内の公園 ―


 カルセは今日の講義の復習をしていたが、どの触媒を使っても講義と同じ、指先程度の火しか発動しなかった。


(コネリー先生の言うとおり、学科はよくても実地がこれじゃ……。いや、火だけじゃない、水も、土も、風も実地は全部ダメだ……。このままじゃ三年生になっても……)


 ベンチに座ると、故郷のハリル村を思いだす。


(あの人が……あの黒い魔法使い、《ディアン先生》が村に来てから、僕の人生は変わってしまった……。いや、あの時、夜中に家から出なければ……)


 ― 数年前 ―


 新月の夜、小悪魔インプが出没し畑を荒らし回るため、ハリル村の村長はルミナ魔法連合都市へ助けを求める。


 強力な魔物ではなく小悪魔のイタズラ程度な為、せいぜい下位の魔法使いが派遣されると村人たちは考えていたが、辺境のハリル村でも名の知れた、《炎竜コネリー》が来るとの返事に村人たちは沸き立ち、カルセも今か今かと待ちわびていた。


 しかし、村に現れたのは、黒煙に包まれた馬と馬車であり、そこから降りてきたのは、中折れ帽子もローブも杖も、まるで黒い炎に包まれたような魔法使い。


「《黒曜こくようのディアン》と申します。コネリー様は急用のため、私が代わりに派遣されました」


 その出で立ちに反して、彼の声は若く澄んでいた。


 ルミナへ問い合わせる時間もないため、仕方なく村長はディアンを屋敷へ招き入れ、村人たちは気味悪がって家から一歩も出なかった。


 ディアンは挨拶もそこそこに村長に確認する。


「お手紙では、新月の夜に小悪魔が発生し、畑を荒らし回ると伺いましたが?」


「左様です。小悪魔程度ですので、これまでは冒険者を雇って退治していたのですが、次の新月にはまた現れまして……」


「なるほど、……ん?」


 窓から視線を感じたディアンは言葉を止める。


「コラ! カルセ! 大人の話の邪魔するんじゃない!」


 窓から覗いていたカルセは、慌てて逃げていった。


「……今の子供、髪が黒かったですね」


「えっ? ああ、いわゆる先祖返りというヤツです。この村には時々、黒髪の子供が生まれるのです。王都の司祭様によりますと、太古に悪魔を倒した、《黒髪のブレイブ》様の末裔とか……」


「……そうですか。これは思っていたより急を要する事態です。ちょうど今夜は新月。さっそくご依頼の件、取りかからせて頂きます」


 村長はすぐさま村人を集める。


『今夜、ディアン様が畑で儀式をなさる。みんな、何が起ころうとも家から一歩も出るんじゃないぞ!』


 しかし、“出るな”と言われれば出たくなるのが子供の性分。


 カルセはベッドの毛布の下にクッションを詰め、夜中に一人、畑へと走っていった。


 納屋の影から覗いていると


“ボワッ!” “ボワッ!”


 小悪魔が現れる度、ディアンの指先から黒い炎が飛び出し、


“ギャ!” “ピギャ!”


 一匹残らず燃やしていた。


(すげぇ~! この前来た冒険者は、一つの炎を出す度に呪文を唱えていたけど、あの人は何も言わずに次から次へと……)


「むっ!」


“ゴゴゴゴゴゴゴゴ……”


 突然! 畑が揺れ始めると


(えっ!?) 


“ドッパアァァァ~!!”


 納屋の下から火山の噴火みたいに、黒い炎が吹き出した!


「うわあぁぁ~!」


 吹き飛ばされたカルセは畑の上を転がっていく。


「イテテ……あぁ!」


 カルセの目の前には、黒い炎を纏った悪魔が浮かんでいた。


『ミツケ……タゾ……ブレイブ……ワレノ……カラダヲ……カエ……セ』


「うわああああぁぁ!」


 泣き叫ぶカルセの前にディアンが立ち塞がる。


『オブシウスの名において命ずる! のモノを滅せよ!』


 すると、ディアンの左手の平から巨大な黒炎の球が発射され


“グワアアァァァ~~!”


 悪魔を焼き尽くしていった!


― 翌朝 ―


 村の広場に置かれた荷車の上には、二メートル以上ある黒い左腕が、《封印の鎖》で縛られていた。


 村人達が絶句する中、村長が何とか声を絞り出す。


「し、信じられん! 納屋の下に、こ、こんなモノが埋まっていたなんて!」


 ブレイブが村人に説明する


「太古の昔、勇者ブレイブがこの地にはびこる悪魔を倒しました。ブレイブは復活を防ぐ為、悪魔の体を切り刻んで各地に埋めたのです」


「で、ですが、なぜ今になって……?」


「ブレイブの時代、ここは人目のつかない森で、同時に結界の役割をしていたのですが……」


「そうか、森を開墾したから!」


「はい、長い年月をかけて新月の闇の力を少しずつ浴びた為、左腕が闇の力を持ち、小悪魔を引き寄せたわけです。もう少し遅ければ、より強力な闇の魔物を引き寄せたでしょう」


 皆が“ゴクリ”とつばを飲み込んだ。


「いやぁ~さすがディアン様ですな! おみえになった早々、解決なさるとは!」


「いえいえ、本当は畑をじっくり調査してから掘り起こすつもりでしたが、のおかげですね」


 ディアンの視線の先には……。


『このイタズラ坊主め! 悪魔に喰われたいのかぁ!』


“ビタン! ビタン!”


『うわぁぁん! ごめんなさぁ~い!』


 父親によってお尻が真っ赤に腫れたカルセが苦笑いしていた。


 その後、調査隊が到着し、畑を調べ始めた。


 悪魔の左腕と畑の使用料として


「こ、これだけあれば、十年は冬を越せる!」


 袋いっぱいの金貨が村に支払われた。


 帽子に隠されたディアンの顔が美形とわかると、老いも若きも、村の女性たちは遠回しに調査を見守っていた。


「あたしがあと五十年若ければ、喜んでディアン様の夜のお相手を務めるさ。ヒャッヒャッヒャ!」


 調査も終盤に近づいた頃、お尻の腫れがひいたカルセは、村の外れでディアンの真似をしていた。


(ディアン様かっこよかったなぁ! 確か腕をこうして……呪文は確か……)


『オブシウスの……なにおいてめいずる! かのモノを……めっせよ!』


 詠唱が終わると左手の平を前へ突き出した!


「……な~んてね。えっ!?」


 カルセの手の平から、わずかな黒炎が発動した!


「うわっ! うわっ! う……そ。本当に出ちゃった……えっ?」


 いつの間にか後ろにはディアンが立ち、カルセを見下ろしていた。


「うわぁ! ディアン様ごめんなさい!」


「なるほど、黒曜の瞳……。これは悪魔の腕よりも素晴らしいですね……」


「えっ?」


「カルセ君、あなたにこの《オブシウスの書》を差し上げます。無理に理解しようとせず、一通り読んでみて下さい。来年の今頃、あなたをルミナ魔法学園へ招待致します」


 ディアン以下調査隊が村を離れた頃、カルセはディアンの言葉を両親に話すが……。


「イタズラ坊主への謝礼だろ」


「それを読んで少しは勉強しなさいっておっしゃったのよ」


 まったく相手にされなかった。


 しかし、ちょうど一年後、再び黒い馬車とディアンが現れ、カルセは晴れて、魔法学園の生徒となった。


 ― ※ ―


(あれからディアン先生とは一度も会っていないし、このまま退学になったら、送り出してくれた村の人に会わせる顔がない。四精のウチ、どれか一つでも……)


“ガサガサ……”とベンチの後ろの植え込みから音がする。


「えっ? うわ!」


 “黒い何か”がカルセに襲いかかってきた!


 ― 数日後 コネリーの授業 ―


“キ〜ンコ〜ン〜カ〜ンコ〜ン……”


「よし、今日はここまで! 皆に伝えるが、最近、学園内を小悪魔が飛び交っているのは知っているな? おっと、このクラスには先日、で小悪魔を退した、がおられたな!」


 絆創膏だらけのカルセに、“クスクス”と笑い声が起きる。


“魔物に対して魔法も唱えられないなんて”


“戦士に転職した方が身の為だぜ”


「静かに! それで今夜、新月の夜、《黒曜のディアン》先生と高等部の有志によって小悪魔退治が行われる」


“きゃあ!”と今度は女生徒から黄色い声が上がる。


“ディアン先生って、あの素敵な方!?”


“私、学園祭の時に、握手してもらっちゃった~”


“いいな~。早く高等部へ進学して先生の講義を受けた~い!”


“コネリー先生、暑苦しいんですもの~”


「……お前たち、聞こえているぞ。それでだ、今日の復習は免除してやる。今夜は早く寝ろ! 特にカルセ!」


「は、はい!」


! いいか! !」


「はい!」


 ― 真夜中 ―


 カルセはから寮の外に出ていた。


(どうしてだろう。コネリー先生にああ言われたのに、!)


 学園のあちこちでは高等部の生徒によって四精の魔法が唱えられ、小悪魔たちを撃退していった。


『う、うわぁ~! ディアン先生!』


(悲鳴!? 公園の方だ!)


 カルセは公園へと駆けていく。


 腰をぬかした生徒の前には、悪魔の形をした黒い霧が浮かんでいた。


「へっ! どうせ小悪魔のイタズラだろ! 『【氷の槍】よ! あの悪魔を貫け!』」


 別の生徒が【炎の球】、【岩つぶて】、【風の刃】の魔法を唱えたが、黒い霧に触れた瞬間! それらの魔法が消滅した!


「そんな! 四精の術が効かないなんて!」


「学園の結界を突破するなんて、まさか本物の悪魔!?」


 彼らの後ろから詠唱が聞こえてくる。


『オブシウスの名において命ずる! のモノを滅せよ!』


 詠唱が終わった瞬間! 黒い炎の球が悪魔に直撃し、 


”グギヤアァァァ!”


灰も残さず燃やし尽くしていった!


 安堵する生徒達の前に、【転移テレポート】の魔法でディアンが現れる。


「君達、大丈夫ですか!?」


「は、はい……なんとか……」


「さすがディアン先生! あんな悪魔を一瞬で燃やしちゃうなんて!」


「いや、私は今ここへ来たばかりですが……?」


 ― 半年後 ―


 ディアンに呼ばれたコネリーは、研究室のドアをノックする。


「ようこそコネリー先生。我が研究室へ」


 ご機嫌なディアンは両腕を広げて出迎えた。


「は、初めてこの部屋へ入りましたが、いろいろな意味で見事ですな~」


 そこはあらゆるモノが黒で統一され、使役するスケルトン(骸骨)すら、黒曜石でできていた。


 黒いスケルトンが運んできた紅茶をコネリーは一気に飲み干し、熱い息を吐き出す。


「フゥ~! それでいかがですか? は? 中等部どころか高等部へ飛び級になったと聞きましたが?」


「まだ未練があるのですか? “元”を付けるのを忘れていますよ。本当、《炎の元老様たち》に感謝しなくては」


 コネリーは頭をかきむしる。


「ああもう! 元老のクソ爺どもめ! あの時いきなり《炎の会議》をやりやがって! ハリル村にあんな逸材がいるとわかっていれば、会議なんてすっぽかして、すぐさまハリル村へ【飛翔】したのによぉ!」


「ここは闇の結界で外へ声が漏れませんが、少しはお口を慎みませんと……。のような始末書では済みませんよ」


「なぁに、日頃天狗になっている生徒共に、きついお灸を据えただけですよ」


「本当にそうでしょうか? に【反拘束アンチ・ギアス】の魔法をかけて、おまけにし、《黒炎石こくえんせき》を触媒にを生成するなんて……。イタズラにしてはずいぶん手が込んでいましたが?」


「ハハハ! そこまでお見通しとは! そういうディアン先生も門外不出である、《オブシウスの書》を惜しみなく彼に与えて、その体を闇の属性に染めるなんて。どおりで四精の術の発動が鈍かったわけですなぁ」


「仕方ありませんよ。もう少し市井の方々も闇の魔法への理解があれば、初等部で回りくどいことをしなくても、いきなり彼を弟子にできたのですから……」


「……ほほう、私の講義を回りくどいとは、ずいぶんな言われようですな」


「おっとっと、これは失言。そうだ、これをコネリー先生にプレゼントしますよ」


 ハンカチを広げると、中には拳ほどの黒い石が現れた。


「これはかなり高純度の黒炎石ですな~。いい触媒になりそうだ。どこでお買いになったので?」


が生成したのですよ。お世話になったお礼だそうです」


「なぁ!? ウチの高等部の奴らでも、指先ほどの《赤炎石せきえんせき》しか生成できないのにぃ~!? くあぁ~! 元老のアホ爺どもめ~!!」


「こちらとしても高等部の生徒へ、いいになりましたよ」


 しかし、コネリーはいやらしく笑みを浮かべる。


「……ところでディアン先生。カルセからはこの黒炎石を頂いたわけですが、不肖の弟子に魔法の基礎を教えた私には、先生からは何もなしですかぁ~?」


「わかっていますよ。実は先日、王都へ出向いたとき、いい赤ワインを何本か手に入れたのですよ」


「そうこなくっちゃ! ……待てよ?」


「いかがなさいましたか?」


「ディアン先生のことだ。当然、水、風、土の先生方へのも買ったおいたのでしょ? 小瓶でもいいですから〜味見させてくれませんかぁ~?」


「全く、コネリー先生にはかないませんな」


「グワッハッハッハッハ!」


 ディアンはため息をつき、コネリーの口からは、結界を破壊するほどの笑い声が放たれた。


 ― 完 ―

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異世界小噺 『新月の散歩者』 宇枝一夫 @kazuoueda

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