深林の章

まじょ?

 「次の村までは、この長い森を抜けていく必要がありますね」


「まだ歩くのー」


前まではなんだかんだでハルが背負ってくれていたので楽できていたのに、『今回からはスパルタでいきます!』と決意を固めてしまったので仕方なく歩いている。風景が変わらないので、いつまでも同じところを歩いているようで心が悲鳴をあげている。


「200メートルぐらいしか歩いてないですけど!」


「それは、人によって価値観? が違うから」


意外と歩いてなかった。まぁ、しょうがないよね、価値観の問題だから。あーあ、ハルがおんぶしてくれれば解決するのに、とぶつぶつ言いながらそこら辺に落ちている枝を拾い、地面にハルの似顔絵を描いた。そこから離れようとしないのを察したのか、ハルは折れてくれたらしい。


「分かりましたよ〜、あのお家はどうです? ひと休みさせてもらいます?」


渋々といった表情で、ハルは木々の隙間から垣間見れる赤い屋根のログハウスを指差した。


「うん! しよ!」


さすがハル!わかってる!イェーイとさっきまで、大事に握っていた枝を放り投げ、ずんずんと家の方にハルより先に進んでいった。


「目的地にいつ着けるのやら…」




「ごめんくださーい」


とんとん、とドア叩いたものの返事が無かった。


「居ないのかも知れませんね、しょうがないですから行きましょう」


「まじかー」


がっくりと項垂れ、はぁ、とため息をつき、トボトボと階段を降りて再びログハウスをみると木で出来ていて立派で、木の温もりが感じられたが人の気配など一切しなかった。後ろ髪を引かれつつ、森の奥深くへ歩を進めた。新鮮でみずみずしい空気は好きなものの、手入れされていないため日光が地面まで届かず、暗く少しじめじめしているのがちょっと、ちょーーっとだけ好きじゃない。


「はぁ、ハルが変なの見せるから」


「あ〜ホラー映画のことですか? 面白かったですねぇ、普段猫のように戯れないあなたが、キュってくっついてくれるのは」


「負債は貯まっているからな、返すまで忘れないからな」


ハルに対して睨んだ瞬間、地面じゃないものを踏んだ感触がした。

恐る恐る覗いてみると、金髪の黒レースのドレスを着た女がうつ伏せに倒れていた。


「きゃあああ」


思わず、ハルの腕にしがみついてしまった。

一生の恥である。


「あの、大丈夫ですか?」


ハルがツンツンと触っても、びくりともしなかった。割と高そうなドレスは砂埃で汚れていて、裾が少し茶色くなっている。黒く、白いレースがついたキャペリンを深く被っているせいで顔を見ることができず、ロングの巻き髪だけがあたりに散乱していた。


「はぁ、なんなのもう。ぼくを怖がらせるのは100年早いよ」


「怖がってましたよね」


無視して、ツンツンしてみた、寝てるのかな。


「…や"め"てー」


「うわぁ!」


思わず後ろに飛んでしまった。その拍子にハルの体に巻き付くようにしがみついてしまった。


「やっぱり怖がってますよね」


「うるさい!」


「かわいいなぁ、もう」


ハルの顔は少しほてっていて、でろでろにゆるんだ口角に思わずぞっとした。そっと、距離を取ると後ろからゴソゴソと動く気配がした。見てみると、目元が隠れていてわからないものの、片手をのろのろと上げ、やばい奴らと会ってしまったという表情をしていた。


「…あの、お"なか、すいて」


「あ〜、はいはい。おにぎりでよければ」


ハルは邪魔されたと言わんばかりにそっけなく、ぽいとおにぎりを手渡した。そいつはおにぎりをぶん取るとむしゃむしゃと無言で食べ始めた。


「ふぅ、ありがとうございます。わたくしは深林の魔女です」


裾をはたき、立ち上がると真っ黒のドレスを着た少女は手を胸に当てて言った。


「…はあ、なるほど」


「信じてませんね…、まあ、この高貴な私の魔力を感じられないなんてとんだ凡人ですわね」


「…ねぇ、あんなとこで寝っころんでたら高貴なの?」


まじょ? に聞こえない程度にハルの耳元で話した。


「…さぁ、彼女はそう思ってるらしいですよ」


ハルは少し笑いながら言った。


「聞こえてます! 全く、これだから人間は」


彼女は髪の毛を指でくるくると巻き、ふぁさっと後ろに流した。見た目はぼくたちと変わらない、違うのは服装ぐらいだろう。村の人達は着ない動きにくそうなドレス、ぼくが着たら間違いなく裾を足で踏んで転ぶだろう。ハルは間違いなく笑うだろう、カッコウにもドンクササにも。これ以上考えたくなくて、彼女に意識を戻した。


「魔女も人間じゃないの?」


「人間より高位な存在ですわ」


えっへんと、音が聞こえるくらい胸を張り、腰に手を当てている。まぁ、きぞくぐらいに見えるだろう、高貴ぽい格好だけは。


「…そう」


きっとこの人とはもう二度と会うことはないだろう。ハルも同じ意見なようで、スッと進行方向を変えた。


「ちょっと、待ちなさい! 何行こうとしているの」


「だって話が長そうでしたので」


えぇ、話しかけるの?と言わんばかりにハルはうげぇ、と引き攣った表情をした。その表情にムカついたのか、地団駄を踏み僕たちを指差して言った。


「くぅー! しょうがないわね、おにぎりいただいた恩があるわ、何かして欲しいことあれば言いなさい?」




「な、ん、で、この私が、あなたたちをもてなさないといけないのかしら!?」


彼女はガシャンとティーカップを机に叩きつけるように置いた。先程まであそこで倒れていたとは思えないほどの迫力である。


「いちいちうるさい人だな、ぼくたちは休憩したかったの、だからそれで恩を返して欲しかったの、以上」


「このガキっ!」


ふん、と鼻を鳴らし、紅茶を飲むと少し落ち着きを取り戻したらしく、ゆったりとした動作で被っていた帽子をかけた。金髪の隙間から紅赤色の瞳が見えた。宝石が埋め込まれているのかと思うほどキラキラしていて、目が離せなかった。


「でも、あのログハウスの人だったんだね、全然深林感ないけど」


「十分深いわ、それより貴方達はどうしてこちらに?」


「カッタ村に行くために通っただけですね」


あっけからんとハルは言った。ネオとも違う、冷たい態度である。きっと第一印象がアレだからだろう。


「…なんですって! 私に会いにではなくて!?」


「まあ、はい」


ハルは一気に冷めたようだ、先程までまぁ魔女って言ってるし気になるかも、ぐらいはあったのにもうどうでもいいようだ。


「そもそも、深林の魔女自体初耳ですね」


「えー!? 私、有名だと自負しているのだけど」


よほど驚いたのか、顎に手を当てて唸っている。


「気のせいじゃない?」


「なによ! 薬品で私の右に出るものはいないと、私の国で有名でしたのよ」


「ふーん」


カップを持ち、紅茶を飲んだ。こちらは落ち着くからいいな、じっと水面を見ると、湯気はくすぐるようにぼくの頬を撫で、ふわっと消えるを繰り返していた。


「そこっ! 興味を持ちなさい」


キンキンと高い声は先程までの落ち着いた空間を破壊した。そして、まじょ?は ぼくのおでこを軽くデコピンし、腰に手を当てた。


「い“った!」


頭から湯気が出ているんじゃないかと思うほど、ヒリヒリしている。ぼくは涙目になりながら彼女を睨むと、コホンと咳をしてなかったことにしやがった。


「あっ!そういえば、名前を伝えていませんでしたね。私の名前はアン・フォークですわ」


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