破鏡不照

 いつのまにか、そらはオレンジ色に包まれていた。

彼の側で腰かけていると、パキッと枝が折れる音がした。


「ねぇ、なにしてるの?」


木の影から、ビクッと肩を揺らし現れたのは少女だった。片手でスカートの端を握りしめ、もう片方の手で花束を背後に隠してそろそろと墓石に近寄った。


「なんであの時助けなかったの」

自分から発せられたのか分からないほど低い声だった。


「だって、おかあさんが…」


「ふーん? 救われないね、この子。君が好きだから助けたのに」


すいっと立ち上がり、彼女の目の前に身を出した。枝がパキパキ折れる音なんて些細な事だった。


「君とぼくの身長はほとんど変わらない、君が体が弱いのも知ってる。だけど、ぼくひとりで彼を助けたんだ、長い時間をかけて。でも、魔法使いが現れてぼくたちを背後から撃ったんだ。そして、死んじゃった。もし、君たちが少しでも助けてくれたらみんな助かってたかも知れないのにね」


もう、瞳は曇っていた、光源など目に入らなかった。


「だから、おかあさんがっ!」


ひどいくらい醜い表情だった。


「確かに君だけのせいだ、とは思わないよ。だってあんたの母親だって自分たちの事しか考えてないじゃないか、お前もそうだろ? ほんとは助けられなかったんだろ? 死にたくなかったんだろ? 同罪じゃないか、無論ぼくもそうだ。結果として、助けられなかったんだから」


彼女は押し黙った。


「でも、ぼくが君たちと違うところはやれることはしたことだ。なんでやらなかったんだ、っていう後悔はない。理想だけで行動しなかった君たちとは違う。君たちはずっと心に残っていればいい、ふとした瞬間に後悔に飲み込まれればいい。じゃあね」


彼女の顔は見たくなかった。

でも、彼女の意見も、彼女の母の意見も本当は分かってる。

娘が死んで欲しくないのは当たり前なはずだ。死にたくないのも当たり前だ。

でも、言ってやりたかった、もしかしたら未来が変わってたかも知れないと、ただの自己満足だった。


「ヒトって嫌だな」




「おかえりなさい」


「ただいま」


「ジンナーさんからいただいたんですよね」


「冒険者証と戸籍でしょ? もらったよ」


「じゃあ、次の村目指して行きますか」


「うん。そういえば、ハルはネオと会った?」


「いいえ。もう、前と同じようにはなれないでしょうね」


「うん…、また会えるといいな」


「そうですね、では俺たちは旅を続けましょう! きっと、成長した俺たちなら彼に届くはずです、一緒に色々な経験をしてくれますか?」


急に、しおらしくなって笑ってしまった。


「もちろん、ぼくをここまで連れて来たんだから、最後まで、地獄の底まで連れてってよ」


「ふふふ、ええ地獄の底までも!」

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