カラカラ

天西 照実

カラカラ


 家飲みが増えた。

 散らかったアパートで飲んで寝る。味気ない。

 休日の前は同僚や友だちと、終電間際まで飲んで気分転換したものだ。


 オンライン飲み会は数度で飽きた。

 オンライン会議が連想されて、みんな気分良く『愚痴り飲み』する気になれなかった。


 でもまぁ、酒は好きだ。

 自分は、呑んべぇだったと気付かされた。

 家飲みだけでは味気ないので、ひとしきり飲んだ後に近所を散歩する。

 酒と脂っこい肴にひたった後の、深夜の空気が美味い。


 カラカラ……。


 やっと見つけた、シックリくる楽しみなんだ。

 取り上げないでくれ。


 カラカラ、カラ、カラ。


 ……ついて来ている。

 酔いも一気にめた。

 軽い板切れでも鳴っているような音が、確かに後ろからついて来る。


 カラカラカラ……。


 今夜は風が強い。

 風に飛ばされたバケツか何かだと思っていた。

 だけど、角を曲がってもついて来る。

 耳がおかしくなるほど飲んだろうか。

 いや、気分的には酔いなどとっくに醒めている。


 幸い、もうすぐ近所の寺の門がある。

 深夜だが、この寺は住職が住んでいたはずだ。

 幽霊や怪談と言ったら、坊さんだろう?


 カラカラ……カラッ、カラカラッ、カラカラカラ――。


 音に勢いがついた。

 振り返って見ても何もない。

 その音は、すぐ横を通り越していった。


 カラ、カラ。


 まだ遠くに聞こえる。

 向こうは、寺の敷地内だ。すぐ横は寺の駐車場……。


 このまま引き返そう。

 音が遠ざかったからと、振り返ったら何かいるなんてことは……ないよな?

 そんな事を考えて、足を止めていなければ良かった。


 カラカラカラッ!


 音が戻って来た。

 寺の門の中から、音と共に丸い何かが転がり出した。

 古い外灯に照らされたソレは、木のおけに見えた。

 だが、足がある。

 小さな足の生えた桶は明かりに驚くような挙動で、寺の門の中へ駆け戻って行った。


「……」

 立ち止まったままポカンとしていると、今度は人の足音が聞こえた。

「わかったから、門の外には行くなよぉ……」

 寺の門から現れたのは、作務衣さむえ姿の青年だ。

 足元をきょろきょろしてから、こちらに気付いた。

「あれ……えっと。今の、見えました?」

 と、苦笑いで頭を掻いている。

「なんか、足の生えた木の桶がカラカラって……」

 そのまま答えると、作務衣姿の青年は苦笑いのまま頷いた。

「あはは。すいません、こんな深夜にうるさかったですよね」

 この青年は確か、住職の息子だ。中学の後輩じゃなかっただろうか。

「あれ、なんなんですか」

 と、聞いてみた。

「あれは風が強い事を家主に知らせる、妖怪みたいなもんです」

「妖怪……」

「悪さはしませんよ。ちょっとうるさいけど、庭の桶とかざるとか、風に飛ばされそうな物に気を付けろって教えているんです。夜になって急に風が出て来たから、慌てて走り回ってたみたいですね」

「……マジすか」

「墓地の方の桶と柄杓も片づけて来たんで。もう静かになると思います。お騒がせしました」

 軽く会釈し、作務衣姿の青年は暗い境内へ戻って行った。



 深夜の散歩で起きた出来事。

 恐怖体験とは、違ったらしい。

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カラカラ 天西 照実 @amanishi

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