職務質問RTA
辺理可付加
はい、よーい、スタート
僕はシンイチ、趣味は深夜徘徊。
きっかけは初めての深夜シフトの帰り、いつもの見慣れたはずの道が、なんだか『よく似た別物の並行世界』に感じられた新鮮さから。
その『非日常感』がクセになった僕は、翌日の午前中にバイトも講義もない真夜中を狙って散歩するようになった。昼間は多くの人が行き交い、なんらかの音が響き、科学技術が支配する道も、夜中になると猫一匹おらず、自分以外の足音はなく、家の明かりも消え果てている。
なんてワクワクするんだろう! なんて素敵なことだろう!
なんだか、この時間この世界を自分だけのものにしたようにも、逆にこの世と文明全てから切り離されてしまったようにも感じられる。雑踏の中の孤独とも違う、自らの因果による孤立ではなく強制的に深淵に放り出される感覚。
普通に生きていては出会えない満たされない世界の手触り! 僕はもう虜になってしまった!
が、しかし。それでも繰り返すうち、『非日常感』は薄れていく。そりゃそうだ、日常にしてしまってるんだから。相変わらず世界の変質は面白いけれど、やっぱりどうしても刺激自体は薄れてしまう。
そんなある日のこと。僕は薄まった刺激を時間の長さで埋めようと、いつもより往生際悪く外を
「あの〜、そこのあなた。ちょっといいですか?」
振り返るとそこにはコスプレイヤー……じゃなくて婦警さんが立っていた。
「なんでしょうか」
「こんな時間に何をなさってるんです?」
「散歩、ですけど」
「ただの散歩?」
婦警さんはメモを走らせる。まさかこれって?
「だったらいいですけど、その、まぁ、さっさと帰ってくださいね? 近隣住民の方々も不安がってますので」
「ア……、スイマセッ」
職務質問されてしまった!!
「幽霊とかに襲われても知りませんからね?」
「気をつけます……?」
「あは」
あと意味不明な忠告もされてしまった。かく言う婦警さんの背後で振袖袴の童女が笑ったのは見えない聞こえないことにしよう。
それはさておき、こんな注意を受けた僕はすっかり反省して深夜徘徊から足を洗う
ことはなく、
「こ……、これぞ非日常……!」
むしろ新たな扉を開いてしまった! やはり夜は僕の人生に豊かなものをもたらしてくれる!
それからというもの、僕はますます深夜徘徊を繰り返しては職務質問をされ、時に婦警さんを本気で怒らせて公務執行妨害の罪に問われかけ、新たな刺激を重ねていった。
しかしここで、新たな不安が僕を包み込む。
そのうち、この刺激も麻痺していくんじゃないか……?
これはマズい。非常にマズい。単純に満たされなくなるのもそうだが、タガが外れた結果「じゃあ次はワンランク上の犯罪行為で満たしてやるぜーっ!」となったら人としておしまいだ! ただでさえ現状がおしまいじゃないけど割りと戻れないラインなのに!
そこで僕は、絶対にこのラインを逸脱しない範疇で刺激を得る方法、あくまで『深夜徘徊をし職質を受ける』を深く掘っていく形で終わることなく楽しみを追求できるシステムを考えた!
それこそが『職務質問
読んで字のごとく、深夜徘徊をスタートしてから職務質問を受けるまでのタイムを競う競技だ!
ではここで、簡単にレギュレーションを説明しよう。
・計測は『住んでいる住宅の敷地から公道へ一歩踏み出した瞬間』からスタートし(一戸建てと集合住宅の条件を同じにするため)、『警察官に職務質問と明言された瞬間』でタイマーストップ。
・アクションは徘徊のみ使用可。迷惑行為や犯罪行為、その他通報や職質を誘発する行動(例:フードを
・同じチャート(徘徊ルート)の連続使用は三回まで(ルートを固定し続けると警察が学習して見回りを強化し、記録が正確でなくなるため)。なお同じ繁華街チャートでも別の繁華街を使用する場合などは認められる。
・繁華街チャートと住宅街チャート、田舎チャートはそれぞれ別レギュとする。
どうだい? 簡単でしょう? 必要な設備もなければお金もかからない、身一つで始められるし走者も現在僕一人! 非常に新規参入がしやすいRTAとなっております!
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あ、そうだ。先駆者としてアドバイスすると、繁華街チャートが一見警察も多くて簡単そうに見えるけど、あれは案外遅くまで遊び歩いている人がいるせいで徘徊してもあまり目を付けられない………………
「あいつ、昨夜公務執行妨害で引っ張ってきてから今朝までずっとあの調子なんですけど、どうします、課長?」
「うーん、やっぱり頭おかしいね。精神鑑定してもらおう」
「あは」
※本作に迷惑行為及び公務執行妨害を推奨・助長する意図はありません。
絶対に真似しないでください。
職務質問RTA 辺理可付加 @chitose1129
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