姉貴のカレーライス

斑鳩陽菜

姉貴のカレーハウス

「クソ姉貴め……」

 俺は思わず、みちばたの石ころを蹴った。石は塀に当たり、コロコロと再び道端に帰った。

 時間は深夜零時、しかもまだ季節は二月だ。

 姉貴と口論の末に、散歩と称して家を出てきたものの少し後悔している。寒いわ、鼻水は出るわ、腹は減るわで、思いっきり足を振り上げたお陰で体力も削がれた。

 え? 喧嘩の原因? よくぞ聞いてくれた。

 夕方、バイトを終えた俺のスマホに着信があった。画面を開くと姉貴からのLINEで「今夜はカレーを作るから、たまねぎと人参よろしく」とあった。

 もちろん、買って帰ったさ。

 だが姉貴は、どこどこの八百屋の方が安かったとか、人参の一部が茶色く変色しているだの言い始め「ほんと、あんたって見る目がないんだから」と言い放った。

 なら自分で買えよって俺はぶち切れて、今ここにいるというわけ。

 思えば、今夜の夕食は筑前煮じゃなかったか? なんでまたカレーなんぞ作る?

 そもそも、一部が変色していたってそこを取り除けばいいだけじゃないか。

「は、は……、っくしょん!」

 俺のくしゃみにつられて、近くの家で飼われている犬が吠えだした。

 散歩などと言って出てきたが、この寒空の下では当てもなく、ファミレスに入るにも小銭三百円。空きっ腹は満たせそうにもない。

 こうなるのから、姉貴に反抗せず家にいれば良かった。

 いやいや、俺だって意地がある。カレーは食いたいが、俺の努力も認めて欲しい。

 仕方なく近くにあった自販機で、カフェオレを飲もうと俺はボタンを押した。

「げっ!」

 何と出てきたのはブラック珈琲だ。しかもキンキンに冷えたやつ。

 落ち込んでいる俺に、なにもダブルでパンチを食らわすことはないだろうに。

 偶にないか? 自販機で目当てのモノのボタンを押したつもりが、違うモノがでたという経験が。間違って押したなら仕方ないと思うが、問題は何度見ても押したボタンは間違いはなかった場合だ。

 たぶん業者が入れ間違えたのだろうが、実は俺はこの手のトラツプに三回以上は引っかかっている。余計なお世話かも知れないが、みんな気をつけて欲しい。

 今回は俺の押し間違いだが、このキンキンに冷えたブラック缶珈琲は飲まないといけない。甘党で寒がりの俺には、最大の試練だ。

 これは罰ゲームか?

 目の前には神社があり、余計に俺の心を刺激する。

 俺の両親は俺が中学の頃に交通事故で亡くなり、食事は姉貴が作ってくれた。当時の姉貴は料理に慣れておらず、カレーの人参や馬鈴薯が一口サイズを超えていた。

 一度なんとかという煮込み料理をレシピサイトで見つけらしく、どうやったらこの色になるんだ? 的なものが出されたことがあった。

 そのレシピサイトを俺も見たが、写真とは別物である。まずくはなかったが、あれから俺は味見という実験台にされた。

 でも――。

「カレーは、昔から美味かったよなぁ……」

 カレーを食う俺の前で、姉貴が頬杖をついて俺を見ていた。いつもガミガミという姉貴がその時は女神のように微笑んでいるのだ。

 カレーは昔から俺の大好物だ。カレーは大学受験を控えた俺のために、夜食として毎週木曜日に良く作るようになった。

 缶珈琲は苦いし冷たいし、腹は冷えるし、何やっているんだよ、俺は。

 ちょっと待て、今日は木曜日じゃなかったか? もう金曜日になっているが。

 姉貴が何故カレーを作ると言ったのか――、俺は今になって思い出した。

 もし俺がこの『散歩』という名のくだらないプチ家出をせずにいたら、夜食にカレーが出ていた。

 すると俺のスマホが着信を報せる。

『散歩もいいけど、カレー冷めちゃうんだけど?』

 まったく素直じゃない。いや、俺もだ。

 だがこの深夜の散歩で、俺は気づかされた。

 俺のことを気遣ってくれる人間が、いつも身近にいるということを。

 

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姉貴のカレーライス 斑鳩陽菜 @ikaruga2019

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