深夜の散歩

λμ

深夜の散歩で起きた出来事

 寝る前に二、三行を書き足すつもりが筆が乗り、横になっても眠れなくなることがある。

 息抜きで息を詰めてどうするのだろう。

 それだけでも愚かしいのに、夜に書いたものが朝の自分にとって面白くないこともしょっちゅうだ。

 そんなとき、滝川たきがわは深夜の街に歩み出る。

 三月は昼夜の寒暖差が大きく、空気が詰まっているように感じる。人が少ないのもあるだろう。たとえ無視していいくらいの密度でも、人が視界にはいれば頭と裏腹に本能が空気を取り合う。


「もし君が悪だとして、僕が巨悪になれば、君は善を名乗れるのだろうか」


 使うか使わないかも分からない、たったいま思いついたフレーズだ。意味がありそうで特に意味のない、ちょっとだけカッコよく思えなくもないセリフである。

 深夜の散歩は、こういうことに向いている。

 昼間では家だろうが外だろうが小説に使うような言葉は声に出せない。人目を気にするのはもちろん、昼間はどこにいようと日常が邪魔をするのだ。まぶたを閉じても侵入してくる。声に、匂いに、ずっと肌に触れている。

 深い夜を歩くと常世が消える。

 夜勤がつづくと人は壊れるとされるが当然だろう。

 常世で休み異界に生きているのだ。いずれ肺腑に染みた異常が日常を侵す。昼と夜は人の躰を借りて繋がっている。

 滝川は靴の底でアスファルトを小突いた。鈍いた打音は滝川を除く誰の耳にも届かず夜に消える。たったこれだけのことですら、昼に持ち込めば異様と映る。

 昼に生きている限り、滝川自身の目で見ても。

 


 意味がありそうで何も意味しない呟きが明滅する街灯の光に溶けた。滝川は昼であれば車の途切れることがない中央通りの真ん中まで進み、車が来ないことを祈りながら帰途につく。パチンコ屋の前に大型のトラックが停まっている。いつできたのか思い出せない。パーキングランプが点滅している。

 家に戻った滝川は服を着替えてベッドに入った。

 くしゃみをひとつ。

 深夜までも日常に侵食されるとは。

 滝川は深く息をつき瞼を閉じた。

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深夜の散歩 λμ @ramdomyu

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