アウトロー・イン・ザ・ニャウン

杜侍音

アウトロー・イン・ザ・ニャウン


 吾輩は猫である。

 名前はにゃいが、吾輩がいるこの街のニンゲンは吾輩を見て『ハゲ』と呼ぶ。意味はよく分からにゃいが、バカにされているようで不愉快だ。


 ──この街は夜を知らにゃい。

 本来、夜とは真っ暗闇だ。夜を生きる動物たちが起きて来て支配を始める時間のはずだが、太陽のように燦々と輝き続けるこの眠らない街は、ニンゲンが支配者顔で闊歩している。

 だが、勘違いしにゃいで欲しい。真の支配者はこの吾輩だ。

 見よ! ニンゲンの足の間を掻い潜るこの瞬発力を!

 ニンゲンが作り出した物の上に立ち、見下すのもさぞ気持ちいいぞ!

 時にはあえてニンゲンに媚びへつらうことで珍味な飯にありつくなどして、対応を柔軟に変える賢い生き方で吾輩はトップまで上り詰めたのだ。

 この街は吾輩の縄張りだ。吾輩がこのニンゲンたちを都合のいいように操作しているのにゃ。


 もちろんニンゲン以外にも動物はいる。

 だが、ネズミはただのメシ。カラスは一つ鳴けば狭い空へと逃げていく。

 他の同類も多くいるにはいるが、獲物争奪戦やニンゲンからの反逆(メシと思ったら吾輩たちにとっては毒であったり、網という武器を持ったニンゲンに捕まったりと様々にゃ)に敗れ、この街から消えて行く奴も多い。

 それでもここのニンゲンたちの目と同じ、ビッグになることを夢見た猫が絶えずやって来る。入れ替わりが激しい街にゃ。

 そんにゃにゃかで、ここに定住するニンゲンに吾輩の名が広がるほどに、吾輩はもう何年もこの街の頂点に君臨し続けているのにゃ。

 そもそも勝手に名を付けたのはあいつらの方だったか。


『お、ハゲだ〜』


 吾輩の名を呼ぶこいつは、自然に反した毛色を持つニンゲンだな。

 いつも発情した顔でメスを両手に抱えている。というより足がフラついているから支えてもらっているだけだにゃ。


『え〜ネコちゃんだ〜、かわいい〜』

『なんでハゲっていうのー?』

『こいつ黒猫だけど、頭だけ真っ白だからハゲなんだよ。5、6年前からこの辺うぉ……ウォェエエ⁉︎』


 フラフラのニンゲンは毛玉を吐き出した。

 と言っても毛は吐き出せていない。それに、こちらまでフラついてしまうような臭いだ。

 両脇のメスは悲鳴を上げて、オスから逃げていった。

 そのままバランスを崩したオスは自分が吐いたところに倒れた。

 ふん、愚かな下等種族め。まぁ、こういうことは日常茶飯事にゃ。

 吾輩はその場を離れた。



『おやぁ、ハゲじゃないか。今日もご飯食べに来たのかい?』


 吾輩は近くにいた、安定的にメシを供給してくれる、先の短いニンゲンの元へと来た。

 いつもピカピカと光る球体と向き合っており、時折来る他のニンゲンに適当を言って、対価を貰ってるような信用できないニンゲンだ。


『こら、水晶で遊ぶんじゃない。高いんだから』


 まだあと三つは同じのを持っているのを吾輩は知っている。

 まぁ、それなりに良い顔しといてやろう。こいつから貰えるメシは高級品だからにゃ。ニンゲンに与した同類が貰えるという『ちゅーる』というものらしい。


 さて、腹ごしらえも済んだことだし、寝床へと戻るか。

 この街は常に騒がしい。オスとメスが交尾に明け暮れ、夜が明けたら黄色い沼があちこちに発生して異臭が漂う。とてもじゃないが、歩けたもんじゃない。

 ただ、太陽が顔を全部出す頃ににゃると、他のニンゲンによってキレイにされている。

 もちろん、これは吾輩の命令にゃ。

 だから、その時間が来るまで寝てていよ……ん?


 ──なんだあのニンゲンのメスは。

 暗く細い路地にある吾輩の邸宅前にニンゲンのメスがしゃがみ込んでいる。

 猫年齢でいうところのまだ一年と若いな。まぁ、たまにはそういう奴も紛れ込んでいるこの街にゃ。こいつもよく見るメスと同じく鮭色をしているし、他とにゃんら変わりにゃいだろう。

 しかし、邪魔だにゃ。


『……あ、猫ちゃん』


 吾輩のオーラに気付いたメスは、吾輩たち猫が引っ掻いたような傷が付いた缶に棒を刺してにゃにか飲んでいたのを止めた。

 ……焦点が合ってないにゃ。ほんとに吾輩のことを認識できてるよにゃ?

 それにしても、こいつは吾輩を見て微笑んだようにゃが、目には涙を浮かべている。感情が分からにゃい奴にゃ。

 にゃんでもいいからさっさと出て行って欲しい。


『しっぽ振っててかわいいー』


 何をヘラヘラしてるにゃ。吾輩は怒ってるんだにゃ。

 感情が分からにゃい奴とは、あ、ちょ、頭を撫でるにゃ……


『ハゲてる』


 バカにしてるなニンゲンのメスめ!

 しかたにゃい、こうなれば実力行使にゃ。何年も君臨し続けたこの鋭い牙と爪がオマエを……!


『わたしも猫だったらよかったのに』


 ……〝猫〟が吾輩たちの種族のことだと分かっている。

 ニンゲンの言葉を全て理解しているわけではにゃいが、よく聞く単語や雰囲気でおおよその意味を推測することはできる。


『そしたら可愛がってもらったかな。人間からさ。ここに来ても、やっぱりわたしの居場所はないや』


 ……なるほどにゃ。よく分からにゃいが、この街の頂点である吾輩の元に来て、助けてもらおうと思ってたのか。

 ふっ、しかたにゃい。


「ニャー」


 吾輩はニンゲンの足に顔を擦り付けた。

 オマエに吾輩の匂いを付けてやった。ここの出入りを許可してやろう。これで、どこへ行っても吾輩の匂いで顔がきくようになったにゃ。きくのは鼻だけどにゃ。

 もちろん、タダじゃにゃい。対価をちゃんと用意しろよ。まだ味わったことにゃいメシを用意しろよ。


『……ここにいてもいいってこと?』

「ニャー」

『……ありがと。ハゲのおかげでなんか生きれそ。あ、これからハゲって呼ぶね』


 おい、ハゲと名付けるにゃ。

 どうして、ニンゲンは同じ音で呼ぶのにゃ。頭が悪いんじゃないかにゃ?


『ご飯あげないとだね。じゃあ、ちょっと待ってて、何か買ってくるからさ』


 ニンゲンのメスは持ってた物を捨ててどっかへ行った。

 ニンゲンが飲んでいたこれ、不思議な匂いがして美味いかも……しかし、吾輩は経験がにゃがいからな! これが危険だということは容易に分かる。

 さて、魅力的で、かつ安全で美味しいメシを持って来てくれることだろうにゃ!


 ──それから、夜が明けて。

 あのニンゲンのメスが戻って来ることはにゃかった。二度と。

 せっかく許可してやったものの、その権利を投げ捨てて逃げるとは感心しにゃい。

 だが、この街ではよくある話。

 深夜に見回りでもしていれば、こういうのとは出逢うものにゃ。


 太陽が昇れば死んだように静かににゃるこの街は、ニンゲンもまた出入りの激しいものにゃ。

 あのニンゲンと会うことは、もうにゃいだろう。

 そういえば、もしあのメスにもあるのならば気になるにゃ。にゃまえは、にゃんだったんだろうかとにゃ。

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アウトロー・イン・ザ・ニャウン 杜侍音 @nekousagi

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