何度ぐちゃぐちゃにしたかわからない

神山れい

何度ぐちゃぐちゃにしたかわからない

 書いては黒色のボールペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶし、紙を丸めて床に放り投げる。


「書けない」


 書けない。書けない。書けない。

 書こうと決めたはずなのに、これと言った文章が思い浮かばない。とりあえずそれらしく文字を並べてはみるものの、出来上がるのは自分が書きたい文章ではない。そして、冒頭に戻るというわけだ。

 椅子の背もたれに凭れると、ぎぃ、と大きな音を立てた。俺は天井を見上げ、深い溜息を吐く。

 伝えたい気持ちは、確かにあるはずなのに。どうしてこうも文章が、文字が浮かばないのか。


「……難しいな」


 手紙なら、確実に伝えられることが出来ると思った。相手を目の前にすれば、きっと緊張から言葉が出なくなるだろうと安易に予想出来たからだ。

 目を閉じて、相手の姿を思い浮かべる。毎朝、同じ電車に乗っている他校の女子生徒。名前も、学年も全く知らない。ただ、彼女は困っている誰かに席を譲ってあげることが出来る、優しい心の持ち主だということは知っている。お礼を言われて、照れくさそうに、だが控えめに笑みを浮かべることも知っている。

 そんな彼女に、一目惚れをした。

 好きだと気持ちを伝えたいのもあるが、まずは彼女と話がしてみたい。それを手紙に書こうとしていた。

 が、これがなかなかどうしてうまくまとまらない。どうしても、どこか気取った文章になっているような気がする。


「あー! 違うんだって!」


 また紙を丸めて放り投げた。俺はただ、彼女と話がしたいだけだ。何も格好をつけたいわけじゃない。ボールペンを机の上に置き、両手で勢いよく顔を挟んだ。

 あぁ、そうか。素直にその気持ちを書けばいいのか。それはそれで変に思われないだろうか。いや、気取って書く文章よりマシか。

 俺は再びボールペンを握り、真っ白な紙になるべく丁寧な文字を書くよう心掛けながら、一文字ずつゆっくり書いていく。


 ──あなたと、話がしたいです。

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