間章:旅立ち 6/6
「……いやぁ、落ち着いてきたね。それにしても多かったー」
「だなぁ。今回はちょっと多めに仕入れといて良かったな」
お父さんは笑った。
「だねぇ。というか、種類もちょっと多かったよね?」
「ああ、せっかくだからたくさんと思ってな」
「それのせいで、私の料理が大変になったんだけどね?」
「す、すまん……」
「あははっ! でも楽しかったよ、ありがと!」
「おう! そう言ってくれると俺も嬉しいぜ」
「……まあ、イリアが楽しかったらいいってことにしておきましょうか」
お母さんもそう言って顔を綻ばせた。
それから、しばらく普通の経営が続いて、無事に店じまいになった。
久しぶりだけど、雰囲気といい、案外悪くはなかったなー。
……ちょっと大変だったけど。
「で、でも! 稼ぎは結構出たぜ? ほら!」
お父さんが嬉しそうに麻袋を差し出してきた。
中身を見てみると、銀貨が半分くらいのところまで入っている。
「……確かに、いつもの二倍弱はあるわね」
「だろ?」
「でも、言うときはちゃんと言わないとダメでしょ?」
「そ、それは……ごもっともで」
「くすくす、ちゃんと気をつけてね? お父さん」
私は面白くなって思わず笑みが溢れる。
「お、おうよ」
お父さんの顔には苦笑いが浮かんでいた。
◇
「よかったな。結構活躍できていたではないか」
両親が使っていいと言ってくれた、かつての私の部屋の中でフィルが言った。
この部屋も、だいぶ寂れてはいるけど、ちょっとした物置として使っていたらしく、知らないものが増えている。
でも、別に寝る場所に困るほどじゃないね。
「まあねぇ。色々思い出したから案外やれたよ――それにしてもフィル、今日結構静かじゃなかった?」
「なに、家族水入らずと言うだろう? 少し静かにしていたんだ」
フィルは小さい丸ベッドの上に座って、まるで「いいことを言った」とでもいいたげな顔をしていた。
「そんなこと言って、フィルだって家族でしょっ?」
私はフィルに笑いかけた。
「いや……まあ、そう言われるとそうかもしれんな」
フィルは顔を背けて呟いた。
ちょっと予想外の返答に困惑しているような様子が面白い。
「それで? 明日はどうするんだ? また手伝いでもするか?」
それから、すぐにフィルは話題を変えるようにして私に訊いた。
「……うーん、明日はいいかな。もちろん、大変そうな手伝いけど、明日はちょっとハルシャさんのところに行ってみて、次の日は少し街を見て回ろうかな。その後は――満足したら、また旅立とうかな」
「そうか。悪くないプランだな」
ベッドの上で丸くなりながら、フィルは言った。
「でしょ? じゃあ今日のところはそんなもので、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
◇
――次の日、私は予定通りハルシャさんのところへ向かった。
まだ旅立ってから一年半くらいだろうか。特に変わった様子もなく、出迎えてくれて、いろんな話をした。
とにかく、私が白金級冒険者になって、いろんなところに旅立てたということを嬉しがってくれていたのが、私にとっても嬉しかった。
……ちなみに、恐る恐る年齢を訊いてみたところ、三十代であることが判明した。見た目よりもずっと若いみたい。
彼も魔法学校を卒業した生徒だが、同じように苦労はしたらしい。
私と同じく平民だから、共感できるような話も多かった。
とは言っても、私と違って親は魔導具製作職人らしく、お金も結構余裕があったらしい。
まあ、全く魔法に造形のない一般人の娘である私が魔法学校に入学するほうがおかしいんだけどね。
私が学校を卒業したばかりの頃は、深い話もできなかったけれど、今度は色んな話が出来た。
それから、露天の食べ物をちょっと物色したり、かなり前、十二歳くらいの頃に好きだったクレープ屋さんに行ってみたり……帰省らしく、色んなことをした。
……財布が寂しくなってしまったのだが、両親がバイト代と称してくれたお金のおかげでなんとかなった。
あとは、現時点でも大体把握しているけれど、一応次大陸の情報も集める必要があるかも。
そして――私は別れの準備をすることにした。
「――お父さんお母さん、ちょっと最後に見せたいものがあるんだ」
実は少しもったいぶっていた、あの日記。
それを見せることにした。
「やっぱりちゃんと書いてたのねー。最初に書くって聞いてて、あれはどうしてるのかなーって思ってたんだけど」
「あ、ちゃんと覚えてたんだ……」
「もちろんよ」
私の言葉に、自慢げに返すお母さん。
「懐かしいな……あ、俺ももちろん覚えていたぞ」
「嘘付かないでちょうだい」
まるで取って付けたようなその言葉に、お母さんが軽く頭をはたいた。
「あいてっ」
テーブルの上に広げた日記を、感慨深そうにしばらく二人で見ていた。
ぺらぺらとページをめくりながら、それぞれの内容を見ていく。
自分から見せておいてなんだが、少しむず痒い。
「……あれ? なんかここ抜けてるわね?」
「まあ、イリアは適当だったから、抜けてる日は時々あるぞ」
お母さんの言葉に、私が答えるよりも先にフィルが答えた。
「あははっ! 雑ねぇ。でも確かにあなたらしいわねぇ」
「そ、そういえば言い忘れてた……」
私は苦笑いを浮かべながら言った。
◇
「――これで終わりか。色々書かれてるなぁ。まるでお父さんまで旅をしてるみたいだな」
わっはっは、と楽しそうにお父さんが笑った。
「そう? そう言ってくれるなら良かった」
「思い返せるなら、それだけうまく書けているということだからな」
私の言葉に、フィルが追随するように言った。
「色々あったのねぇ……」
さらに、お母さんが感慨深そうに言う。
「まあ、色んなところを旅したからね」
「レインの遺跡っていうのも、本当に色々あるのね。私は一回も入ったことないけど……」
「私の手伝いとして結構入ってもらっていたからな。助かっている」
「あら、それは良かったわね」
「じゃあ、これで終わりってことで。見てくれてありがとう。面白かったかどうかは分からないけど……」
私はいそいそと本を次元収納魔法にしまった。
「面白かったわよ、ありがとう」
その言葉に、お母さんは感謝を述べた。
「まあ親から見れば子のすることなどなんでも面白い。だろう?」
「なんかそれ雰囲気ぶち壊しじゃない?」
どこか得意げなフィルに、私はピシャリと言い放つ。
「……要するに、それだけ愛されているということが言いたいのだ」
「やっぱり不器用なところは変わってないわね」
いたたまれないといった様子のフィルに、お母さんが面白そうに笑った。
私はそれを笑って見つめてから、こう言った。
「それじゃあ、予定通り今日にもう出発しようかな」
「今朝も、それだから日記を見せてくれたんだものねぇ」
「うん、どうせなら最後に、と思ってね」
「もう荷物とか、準備はできてるのか?」
「昨日からしてたから、もう大丈夫。いつでも出発できるよ! 全部次元収納魔法にしまってあるから」
「おう! ……じゃあもう出るだろ?」
お父さんは元気よく返事をしてから、一瞬寂しそうな笑みを浮かべた。
「うん、みんなが大丈夫なら行こうかなって思ってる」
「まあ俺はいつでもいいさ」
「私もいいわよ。引き留めるのもよくないしね」
お母さんは笑った。
「それじゃあ、遂に旅立ちか」
フィルの言葉に、私は笑って立ち上がった。
◇
「また寂しくなるわねぇ……」
玄関前、お母さんが寂しそうに言う。
「くぅ〜っ! 居なくなっちまうなんて寂しくなるぜ! なあ、もうちょっと居てくれてもいいんだぜ?」
「何言ってるの、折角の旅立ちなんだから気持ちよく見送ってやるのが親ってもんでしょ?」
涙を吹くように目元を裾でこすりながら言うお父さんに、お母さんが呆れた様子で言う。
もちろん、冗談だけどね。
「だってよぉ、しばらく会えな――いてっ!」
お父さんは皆まで言うことができず、お母さんに軽く頭を殴られた。
「ぐずぐず言わないっ!」
「本当に最後まで仲がいいことだな」
フィルがくつくつと面白そうに笑った。
「お、おう、お前に言われちまうとはな……ともかく、フィルも元気でな。お前だって家族なんだからよ」
その言葉に、お父さんはニッと笑った。
「……まあ、体には気をつけることにする」
若干言葉につまりながらも、フィルが返す。
昨日、家族がどうとかで詰まっていたのに、お父さんにまでそんなことを言われたのが意外だったのだろう。
「ほら、やっぱり家族じゃん」
「はぁ、確かにそうらしいな」
私がニヤニヤと笑いながら言うと、フィルはため息を吐いた。
「イリアも、元気でね。今まで大丈夫だったと思うからいいけど、これからも元気でね」
「うん! 連絡――は難しいかもしれないけど、体は大事にするよ」
「そうだぞ――それじゃあ、元気でな」
「お父さんもお母さんも、元気でね」
私はお辞儀をしてから、二人に手を振った。
この街の景色を眺めながら、私は歩いた。
空は眩しいくらいの晴天で、私たちを照らしている。
――まだまだ、旅は続く。
~あとがき~
さて、間章終了……なのですが、今後の更新も前回と同じようにかなり開いてしまう可能性が高いです。もしかしたら、更新がもうないこともあるかもしれません。
完全に私の問題なので、申し訳ない限りです……
それでも、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
イリアの幻想旅日記 空宮海苔 @SoraNori
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