間章:久しぶりのバイト 5/6
「そういえば、そんな出会いだったわねぇ」
ずーっとフィルを撫でているお母さんが呟いた。
フィルの方もずっと黙って大人しくしているあたり、別に悪い気はしないらしい。
「旅に出たい、なんて言い出したのも、そういえばフィルの影響なのか」
「まあね。でも、多分フィルのことはただのきっかけかなぁ。昔から、色んなところを見て回りたいっていう欲求はあったんだと思う」
「そうだな。昔から好奇心は強かったからな。本当に……」
お父さんは苦笑いを浮かべていた。
小さい頃は家の中でも色々なものを触り、新しいことを知れば質問攻めにし、挙句の果てには魔法の存在を知って、いきなり魔法学校に通いたいと言い出し……うん、大変だ。
「そ、その節は本当に……」
「あははっ! いいのよ、子供なんだから。それに昔のことでしょ?」
「そうさ、別に文句を言いたいわけじゃない」
「分かってる分かってる、ただの冗談でしょ?」
私も面白くなってきて、くすくすと笑った。
「まあでも、結局はフィルのおかげでイリアも学校をちゃんと卒業できたんだからないいことだったな」
「ちょっと、もしかしてフィルが居なかったら卒業できないと思われてた?」
「だってお前、流石にあの様子じゃ心配にもなるだろ」
「それはだって……まあ……そう、かな?」
かつての私自身の姿を思い出していると、言葉がだんだんと尻すぼみになってしまった。
……急に謎の外出が増えたり、家の中で一人泣いてたり、店の手伝いの方でも急にミスが増えたり……心配される要素しかないね!
「ふふっ、ちゃんと自覚してるんじゃないの」
そんな私に、お母さんは笑った。
「それにしても、ちょうど休みの日に来てくれたからちょうどよかったな。のんびり話をできるみたいで」
「そうだねぇ。あ、でもなんで今日は休業なの?」
「それはだな、ちょっと店の方のテーブルが二つも壊れちまってな。一旦片方は買い直したんだが、もうかたっぽは修理する予定なんだ。それに休業だ」
「あっ、じゃあそっち大丈夫なの? ただの昔話で時間食っちゃった……ごめん」
「いや、修理はすでに終わってんだ。後は食料の仕入れとかはあるがな……まあそっちは今から急いでやればいいだろ」
「そういうことなら、私買ってくるよ。何が要るの?」
急に帰ってきた私のためにわざわざ色々迷惑を掛けるのは申し訳ないと思い、私は立ち上がってそう訊いた。
「いいのよ、イリア。せっかく帰ってきたんだから、ゆっくりしていきなさい。気遣わなくても大丈夫よ」
「そう? ……うーん、じゃあまあ、いいけど」
私は少し申し訳なくなりながらも再度座った。
すると、二人は顔を見合わせて、何か思いついたような表情をした。
うん、これは二人がよくやる秘密の会話。一体何が起きているのかは、今の私にもわからない。
そんな様子に反応してからか、はたまたお母さんの撫でる手がなくなったからなのか、ピクリとフィルの耳が動いた。
「じゃあ、久しぶりに手伝ってもらおっか」
「じゃあ、久しぶりに手伝ってもらうぞ」
二人の声が重なった。
あー……なるほどね?
「そ、そう来たか……」
「まあ、お前も納得行っていなかったんだ。ちょうどいいんじゃないか?」
そんな二人の様子に、フィルが伸びをしながら言った。
◇
……そのままの流れで、バイトをすることになってしまった。
開店始め、朝の時間帯は特に困ったこともなかった。
まあもともと、二人で切り盛りできるくらいではあったみたいだし、そんなものだろう。
やっているうちに昔のことも思い出して、スムーズにできるようになった。
その時間帯は、常連さんも来ていて、私が昔にここの手伝いをしていた頃のお客さんも数人居て、少しばかり会話を交わしたりもした。
大丈夫そうだ。
……そんなことを思っていたのも束の間。
昼間には、普段よりも多いお客さんが来たのだ。話によると、王都からの魔導空挺がこの街に着いたらしい。
つまり人が急に増えたのだ!
今、めちゃくちゃ忙しい!
二つのテーブルと厨房前にあるカウンターに席が四つほど置かれた店内は、そのほとんどが埋まり始めた。
なんか繁盛しちゃってるよ!
中には、ずっと昔に見たような顔もあって、たまに私に声を掛けてくる人も居た。
「おーい! 注文いいか?」
「はいはーい。ご注文は?」
「レスベルパスタ二つで頼む。魔法使いハーブだかなんだかが入ってるんだろ? こっちのが魔法使いなんだ」
昨日、お母さんと一緒に買い出しに言っていたんだけど、その時にあった魔法使いハーブ、とも呼ばれるレスベルというハーブが入ったパスタだ。
味見はしたんだけど、レスベルの存在感はあるものの結構美味しかった。
「あっ、どうも。魔法使い……だよ」
「レスベルパスタ二つですね。了解です――注文です! レスベルパスタ二つ!」
「分かった!」
お父さんが私の言葉に返事をした。
普段は給仕私が給仕をしているから、厨房の手伝いが増えてはいるが、
控えめに手を上げた中性的なお客さんをよそに、私は笑顔で返事をして素早くメモをした。
「イリアちゃん。こっちジェブレットティー頼めるかい?」
今度は、大体四十代くらいに見える常連の男性の声が聞こえた。
どうやら昔私が働いていたころにも来ていたらしく、名指しで私を呼んでいる。
ジェブレットティーというのは、うちの店名にもなっている、名物のハーブティーだ。
ちなみに、お茶が光っているなんてことはないので安心して欲しい。
「はーい。ジェブレットティー一つですね」
「おうよ、頼んだぜ」
確か朝にも同じものを注文していたはずだが、また来たらしい。
「すいませーん! 注文したいんですがー!」
「はいはい、なんでしょう?」
「トマトシチューお願いします。あ、あと塩多めで」
「トマトシチュー塩多めですね。わかりましたー」
私はささっとメモをして、それらをお父さんの方に伝えに言った。
「ジェブレットティー一つとトマトシチュー塩多め一つだそうです!」
「分かった!」
お客さんに対応するときの癖のまま言っているから、敬語になっちゃってるけど……そこは許して欲しい。
「……おー、ここ猫なんて飼ってたのか」
と、お客さんがそんなことを言っていた。
あ、そういえば最初に厨房前のカウンターに座っていたけど、そのあと見ていなかったな。
そう思ってカウンターに目を向けると、お客さんが撫でようとして、ひらりとそれを避けているフィルが居た。
避けるんだ……
「そ、そうか……」
どことなく残念そうなお客さんをよそに、私は注文ラッシュが少し落ち着いた今のうちに厨房を覗いた。
すると、奥に居る母が気づいて声を掛けた。
「あっ、イリア。これお願いね。場所は覚えてる?」
そう言ってお母さんは厨房の横に置かれた皿を指差した。
前に注文された、レスベルパスタとエルフキノコのシチュー二つ、グルチキンとトマトのスープ一つ、そしてジェブレットティー三つだ。
ちなみに、エルフキノコは文字通りエルフの森で取れるキノコで、なんとなく森の香りがすることで有名だ。
グルチキンは、柔らかくて赤い肉を持つある鶏の肉だ。ちょっとお高いヤツだ。
「うん、覚えてる。じゃあ運んでくるね」
トレー……はお父さんが持ってるのか。
でも、私なら自分でトレーを作れてしまうのだ!
私は無詠唱で魔法障壁を作り出し、それをトレー状にするように魔力の流れを調整して加工。
普通の障壁はその場で留まっちゃうから、簡単に動くようにも術式を変えて魔力を練る。
数瞬の間にそれをやって、私はそれの上に全部皿を乗せた。
「あら、凄いわね」
「魔女ですから」
私はニッと笑った。
しかしまあ、お茶もあるものでちょっと揺れる。
しかぁし! これも魔法で万事解決できるのだ!
お茶の入った錫製のカップの上にさっと手を動かして、全ての上に魔法障壁を張る。
カップを基準に発動しているから、そのままズレることもない。
私は少し足を早めて、全てのお客さんのところに運んだ。
「お待たせしましたー。レスベルパスタとジェブレットティーです――」
「こちらはキノコシチュー二つとジェブレットティーです――」
「はい、こちらグルチキンとトマトのスープとジェブレットティーです――」
――とまあ、そんなこんなでなんとかなったわけだ。
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