間章:昔話「レインの遺跡」 4/6
白を貴重とした大理石のような空間の真ん中に、一本だけ青で縁取られた道が続いていた。
壁には、へこんだ場所にランタンのようなものが置かれており、それが明かりをもたらしているようだ。
そして、壁の上部からは水が勢いよくザーザーと流れており、それは下にある半分だけ突き出た盃のような形をした部分へと流れ落ちていた。
下を見てみると、そこには大きな池のような部分があった。
水は驚くほどに透き通っていた。
これは、一度だけ行ったことのある王都の貯水池と同じくらい透き通っているのじゃないだろうか。
また、盃の奥に穴が見えることから、あそこから下の池のような空間に溜まっているのだろうか。
池の上には蓮の葉がいくつもあり、一部には綺麗な蓮の花が咲いている。
また、ところどころある垂れ下がった青いスズランのような植物がある――あれはウォーターリップルだろうか。
水の上でだけ成長し、そして垂れ下がった鈴のような部位から時折水が垂れ落ち波紋を作ることで名づけられた名前だ。
その植物を起点に、
「綺麗……」
思わず呟いていた。
しかし、その間に黒猫は真ん中に伸びた道をスタスタと歩いていっていた。
「あ、待って!」
私は引き留めるが、しかし黒猫はそのまま歩いていった。
そして、その足場の端が赤く光ったかと思うと、その場所からゆっくりと石の柵が出現した。
さらに――なんと、その足場が動き出した。
「――え?」
そこで私は、考えを巡らせた。
浮遊する足場を、ただの移動に使っていること。
そしておそらくは雨を利用しているのであろうこの水流。
自然のろ過を利用しているのだろうが、その水を入手するには他にも色んな機構が必要だろう。
どちらも高い技術力がなければ難しい。
極めつけはこの美しい風景。
(大賢者レインの遺跡、なのかな)
当時から偉人としても知っていたが、同時に各地にある意味の薄いデザイン重視の遺跡についても習っていたから、思いついたのだ。
動いていった足場の方を見てみると、少し行ったところで曲がり、見えなくなってしまった。
「え、ど、どうしよう……」
しかし、私が悩んでいるうちにすぐ足場は戻ってきた。
「の、乗れば良いのかな?」
よく見ると、足場には石でできた書見台のような場所があった。
本は置かれていないが、形状は同じで、上には魔法陣が書かれている。
不安になりながらも、私は乗った。
すると、先程と同じようにして動き出した。
「うわっ!」
少し体勢が崩れるが、どうにか立て直してから、周りを観察する。
曲がり角に入ったところで、辺りの様相は少し変わった。
池があるのと全体の色味は変わり無いのだが、池の上の蓮の花は青に染まり、上部のアーチも青色が混じっている。
私が壁と天井を眺めていると、視界を
尾を引いた水の塊が、私の上を通り過ぎるようにして通過していく。
「凄い……」
通り過ぎた水は、池にまた落ちて
同時に、池の節々から噴水のようにして水が噴き出ているのが見えた。
それを眺めているうちに、次の水の塊が私の頭上を通過する。
ただの演出であろうこれには、一体どれだけの技術が詰め込まれているのだろう。
自身で操作するだけなら私にもできそうだが、それを魔導化して自動で動かすのは難しいはずだ。
言ってしまえば、ただの無駄。
どこか、自身の理想や着地点すら見失ってしまっていた。
憧れていたものが、案外大したこともなくて、分からなくなってしまった。
だけど『ただの無駄』に全力を注いで、それで人の心を動かそうとする。
そんなやり方が、私は好きだったんだと。
その時、そう思い出したような気がした。
水の塊の中には気泡が混じっており、それが光を反射してキラキラと光る。
どこか七色にも見えるその光が、さらに美しさを増す。
私がしばらく見惚れていると、それは止んでしまった。
「あ、終わっちゃった……」
しばらく何をするでもなく天を仰いでいると、ガコンという音と共に私の体に慣性が掛かった。
「うわっ!」
倒れそうになりつつも、私は前を見据える。
そこには二つの扉があり、片方は開いているが、片方は閉まっていた。
ふと私が来た後ろを見てみると、向こうの遠くには同じように扉があった。
どうやら、あっちにも通路があったらしい。
しかし、黒猫はこっちに来たはずだし、引き返すわけにもいかない。
私は開いている扉の方へ進むことにした。
扉の奥には、テーブルが見えた。
そして、その上に佇む黒猫も。
奥の方を覗いてみると、先程と比べると生活感のある部屋があった。
白い大理石を貴重としているが、家具は木製で、天井の
ただ、それらは青く縁取られており、色の統一感がある。
黒猫は何も言わず佇んでいるが、私はそんな堂々とした様子に気圧されながらも中に入った。
中には絵画が一枚、そして地球儀が飾られていた。
知らない魔導具も置かれており、どんなものかが気になった。
「凄い……街とは違うし、どこも綺麗」
「そうだろう?」
私が呟くと、黒猫が喋った。
まあ今考えれば、フィルはフィルなのだから喋るのもおかしくはないのだが、当時から考えればありえないことだ。
なので、私の返答は――
「……ね」
「ね?」
「猫が喋ったー‼」
私は驚愕のあまり叫んだ。
言葉を理解している時点でおかしいだろと言われればその通りなのだが、流石に喋るまでは予測していなかったのだ。
「……元気そうで何よりだ」
黒猫は嘆息した。
「しゃ、喋れたの⁉」
「大賢者レインのペットだぞ。そのくらいできて当然だ」
「だいけんじゃレインのぺっと……? う、うん、一旦混乱するので置いときます。それで、その、名前は訊いても?」
私はあまりにも多い情報量に困惑しつつも、一度名前を訊くことにした。
「フィルスミト・レイラーだ」
「なるほど。えっとじゃあ……フィルスミトさん?」
「長いだろう。フィルでいい。それと敬語も要らん。私が使ってないのだからな」
「そ、そうで――そうなんだ。じゃあフィルさん。私をここに呼んだ……みたいだけど、何が目的なの? というか何者なの? それにここってなんなの?」
私は、とにかくフィルが何者なのか、そしてここがなんなのか気になってしょうがなかった。
「……いきなり随分質問攻めにするではないか」
フィルはその猫顔に眉をひそめた。
「あっ、ごめん。かなり予想外の出来事だったから……」
「まあいい。それで『なぜ呼んだか』だったな――理由は奥に行けば分かる」
フィルはテーブルからひょいと降りて顔を動かして私を奥に誘った。
「な、なるほど?」
困惑しつつも、部屋の奥へ向かった。
紫色で、青の刺繍が入れられたのれんをくぐった先にあったのは、寝室のような場所。
ベッドが一つ、それに傍らには書見台と本があった。
さらに、部屋の隅の棚の上には装飾の施された魔石があった。
――とまあ、そこで話されたことは、大体こうだ。
フィルが今まで百年そのベッド、もとい魔導設備で眠らされていたこと。
魔導設備を使うと、身体機能は全て止まるらしく、その状態でレインの居た自体から百年の時を超えて現代に蘇ったこと。
そして、フィルが現代を見て回りたいこと、さらにその過程でレインの遺物も収集してほしいということ。
レインの遺跡には、全てではないがその多くに攻略の証たる遺物があるらしく、それを集めて欲しいとのことだ。
それに関しては部屋にあった魔導具――そこから映し出されたレインの映像記録から頼まれたことだったようで、私も見せられた。
黒い髪に、青い瞳。非常に高そうな黒いローブを着ていた。
どこかおちゃらけたような雰囲気があったが、伝えるべきことはしっかり伝えていた。
しかし、遺物収集に関しては、それを達成したからといって何が起こるのかも分からないものだった。
つまり、レインの遊び心みたいなもので、優先度は低いらしい――当時のフィルは早くしれてくれ、と
いきなり大量の情報を詰め込まれた私は超混乱したわけだけど――結果、私の魔法の先生になるということを条件に了承することにした。
あの白い遺跡についても教えてもらったのだが、あそこはフィルの待機場所兼レインの家だったらしい。
どうりで生活感があるわけだ。
でも、いちいちここに入るのにあの演出が入るのは面倒そうだけど、なんて言ったら『あれはショートカットできる』と言われて、案外ちゃんとしてるんだなと思った。
――とまあ、そんなこんなで私に同伴することになった。
が、とりあえずは普通の猫として、街の広場の部分で待ち合わせをしつつ、魔法講師をしてもらうことになった。
なのだが……結果的に両親にはすぐにバレた。
私が変に出かけていることが気になり、尾行をしたらしい。
だからフィルに魔法を教えてもらっている現場を見られたからすぐにバレて、今もフィルを普通に知っているといった感じだ。
それから、レインの話なんかもフィルから聞きつつ、学校に通った。
事実として周りの対応が変わったわけではなかったが、魔法というものへの考え方も改められた部分もあったし――何より無愛想ではあったがフィルが話を聞いてくれた。
正直、勉強に逃げていたところはあったけれど、一時しのぎをすることは十分にできた。
その時、全ての悩みが解決したわけではなかった。
けれど、私がこれから向かういろんな場所のことを思うと、まだ頑張れた。
結果、卒業に必要なことである論文を一つ書くことも終わり、さらにそれが学校内で行われた賞なんかにも受賞し、問題なく卒業。
なんてことがあったのだ――
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