間章:昔話「出会い」 3/6
「……意味、あるのかな」
雨の中、どうしようもなく悲しくなって、一人立ち往生していたことも何回かあった。
確かに魔法の勉強は楽しい、が。
それに付随する、歴史の話とか神学の話とか、そっちは別に楽しくなかった。
当初魔法学校は魔法だけを教えるところだったそうだが、今では色々なことを教えている。
人間関係だけでなく、そんなあまり楽しくない勉強までするとなると、さらに嫌になってしまった。
もちろんそっちもそつなくこなしてはいたが、それと楽しいかどうかは別だ。
憧れた魔法学校も、入ってみれば『こんなものか』って程度だった。
「魔法使いって……こんなのだったかなぁ」
そんな中、また黒猫に会った。
そう、それがフィルだ。
あの時と同じ雨の日、また露天の屋根で雨宿りをしているみたいだった。
「あ――」
どこか見覚えのあるその姿に、私は少し近づいてみようとした。
降りしきる雨が、ローブ越しに私の体温を奪う。
そんな寒い雨の中、少しばかり薄暗い街の中に溶けるような、黒色の毛並みに手をのばす。
しかし、それは横にひょいと避けられてしまう。
それだけのことだけど、私はそれがどうしようもないくらい悲しく感じた。
猫にまで拒絶されてしまうのか、と。
よく考えれば、野良の猫なんだからそんなものだけれど。
私が目を伏せていると、黒猫はペタペタと街道に出た。
不思議なことに、毛が雨に濡れている様子はなかった。
どこかに行ってしまうのか、と私も家に向かおうとしたのだが、私が踵を返す前にその黒猫はこちらに振り向いた。
まるでこっちに来い、と言っているようにも聞こえた。
「え……?」
困惑しているうちに、黒猫はずんずんと進んでいく。
私はどうにかそれを見失わないために、ついていくことにした。
(大丈夫かな……)
内心不安だったが、それよりも好奇心が勝ってしまった。
幸い、雨の日だったし人が少なくて猫を追っても何か言われるようなこともなかった。
黒猫はちらちらと振り向きながらも迷いなく進んでいき、ついには街の外にまで出ていってしまった。
「ん? ……おお、なんだ、猫か」
雨だからか城門の下で雨宿りをしていた衛兵の人が、怪訝そうな声を上げ、それから大きくあくびをした。
「す、すいませーん……」
「あ、ああ、人も居たのか――どうかしたのか? 何か事件でも?」
こちらに気づくと、少し慌てたような様子で返した。
「いえ、外に出たいんです。これが身分証明書なんですが……」
「外……? えーっと、名前はイリアで……なるほど、魔法学校在籍か。雨の中での実験とか研究目的か?」
魔法学校入学、という部分しか記録されていないはずだが、多分私の見た目から年齢を推測して在籍だと言ったのだろう。
「ま、まあ、はい」
私は曖昧な答えを返す。
『猫が気になって出たいんです』なんて言っても怪しまれてしまうだけだからね。
「? ……まあいいだろう。でも今は雨だし、外は暗い。くれぐれも気をつけてくれよ。帰ってこれなくても知らないからな」
衛兵の人はどこかぶっきらぼうな言い方をしていたが、多分これが一種の警告だったのだろう。
知らない、とはいいつつももしそうなったら事務処理も出てくるだろうし、向こうとしても困るはずだ。
「ありがとうございます」
私は軽くぺこりと礼をしてから、通り過ぎた。
キョロキョロと周りを見渡すと、黒猫が見えた。
どうやらそこに座っているようで、私を待っていたらしい。
少し早足でそちらに向かう。
黒猫も同じく立ち上がり、歩き出した。
どうやら、街道の上を歩いていくらしい。
等間隔にランタンが置かれた街道に沿って歩いていると、急に森の中へ入っていった。
ランタンは、魔物避けの特殊な光を放つ素材で作られているから、まだ街道の部分は安全だと言える。
迷っていると、黒猫は街道から逸れ、森の中へ迷いなくずんずんと進んでいった。
まだ街の近くだから、魔物の出没も少ないが、流石に不安だった。
(なんか変な猫だし……何かあるのかも、大丈夫なはず)
それに、ここで引き返すのはダメだと感じた。
私は思って、踏み出す。
「大丈夫」
雨でぬかるんだ地面を歩き、土に混じった雨の匂いを感じる。
そんな中でも、その黒猫を見つめつつ、周りを警戒しながら歩いた。
十分くらい歩いたところだろうか。
少し急勾配になった丘の部分の前で、猫は止まった。
その場所の下は、不自然なくらいに植物が生えていなくて、綺麗に丸くなった岩がいくつか置かれていた。
(……ここ、確か学校で謎の岩場とか言われてた変な場所)
確か、当時は歴史的にも全くどういった場所なのか解明されていない、という場所だったはず。
そして、猫はその石を肉球でぺしぺしと動かし始め、さらにその岩の上に爪で少し傷を付けた。
ちょっと爪が欠けて嫌そうな顔をしていたが――数秒すると、岩が青色に光り出し、その丘になった部分から扉が表れた。
そして、それは静かな、しかし荘厳な音を立てて開き出した。
「え?」
私がぽかーんとしている中でも、黒猫は中に入っていく。
一歩歩いたところで、その場に座ってまるで『こっちに来い』と言うかのようにこちらを見た。
「あっ、じゃあ行く」
私は思わず返事をしてから、そこに入った。
天井は土っぽく、雨の匂いと混じって少し臭い。
だけど、上から水滴が染みているようなことはなかったから、私はローブのフードを外した。
キョロキョロと見渡すと、木の根がところどころ見える。
地面には石レンガでできた階段があって、道の両端には光る石が置かれていた。
光量は多くなく、薄暗く道を照らす程度だ。
(ライトの魔法が入った魔石……なのかな? それなら、質にもよるけど二百年くらいは持つはずだし、こんな遺跡でも続いていてもおかしくはないのかな)
素早く階段を降りる黒猫を、私は追う。
「……ねぇ、あなた何者なの?」
私は問うが、一瞬こちらを振り向くだけで何も言わなかった。
「一瞬止まって」
私が言うと、黒猫は一瞬止まった。
が、言葉通りすぐに動き出した。
(言葉は間違いなく分かってる……)
私が悩んでいるうちに、明かりのある場所にたどり着いた。
「っ……」
眩しい光を手で遮りながら、目を凝らす。
目が慣れてくると――そこにあったのは、美しい光景だった。
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