不老不死は結果を尊ぶか

南川黒冬

終わりがなければもっと良し

 王様が国のすべての錬金術師に「不死の霊薬を作れ」と命じられた。


 それを成し遂げた者は王様専属の錬金術師として働く権利と領地、莫大な富と永遠の名声を得られるというものだから、僕達は躍起になって研究を進めた。


 そもそも「不死の霊薬」なんて命令されなくとも錬金術の最終目標、その内の一つなんだから否やはなかった。潤沢な研究資金をばら撒かれるだけで僕達にとっては追い風でしかないのだ。


 他の錬金術師の多くはその下賜された研究資金を用いて「哲学者の卵」を購入したが、僕と兄は環境を整えることではなく、素材を購入するのに全てを費やした。「乾いた道」に可能性を見出していたからだ。

 「哲学者の卵」を用いて行う「湿った道」と比べて「乾いた道」は完成までの日数が短い。より多くの試行が、数多の錯誤が、研究を結実させると信じて、相も変わらず薄暗く湿った、穴蔵の中に篭って、土の坩堝を混ぜ続けた。


 いつも土に塗れた僕と兄は貴族は愚か錬金術師仲間からも土を食んで生きるミミズだ、ドワーフだ、非人間だと揶揄されていたが、心の内は黄金のようにキラキラと輝いていた。一日一日、爪の先ほどでも研究が進んでいることを実感できたからだ。これは「湿った道」を選んで悠長に茶を飲んでいる奴等には分からない感覚だったろう。


 「不死の霊薬」がもうすぐ完成する、そう僕達が確信した頃、元々身体の弱かった兄はコロっと逝った。不衛生な環境が祟ったらしかった。


 病床に伏せる兄を看病する僕に向かって、兄は口酸っぱく「世の中は結果が全てだ」と言い聞かせた。

 どうしてそんなことを急に言い出したのか分からなかったが、きっと「湿った道」を選ばなかったことや、早く霊薬を作っていればと、毎日後悔の涙を流す僕に対する励ましだったのだろう。要は「終わりよければ全てよし」と言いたかったのではないか。後悔などする暇があるならば、一日も早く結果を出せ、そう言いたかったのではないか。


 思い至ってから僕は尚更に研究にのめり込んだ。兄と僕の名前を歴史に永遠に刻むためと、自分の心の炉に火をくべて、毎日毎日土の坩堝に素材を放り込んでは混ぜ続けた。


 どろどろに、ぐちゃぐちゃに。



 そうして命令が出されてから十年の歳月が経った頃、誰よりも、どこよりも早く「不死の霊薬」は完成した。


 早速僕はそれを王城に届けた。

 頭を垂れる僕に向かって王様はこう命じた。


「作るところを見せよ」


 僕はただ頷いた。





 薄暗い穴蔵に貴金属の散りばめられた服を纏った貴人たちが並んでいた。僕は今も尚姿を変えていない兄の部屋の方をちらと見る。


(兄さん、ようやくだよ)


 土の坩堝に素材を投げ込んでいく。

 黒蜥蜴の尻尾。三眼の魚の目。甲虫の内翅。牛の二番目の胃。血に漬けた薔薇の花弁……数十に及ぶ素材全てを、順序正しくぐちゃぐちゃに。


 そうして完成した霊薬を王様に差し出そうとした時、僕は自分の失敗と兄の言葉の意味を悟った。


「そんな、そんなものが、飲めるかッ!!」


 王様の怒号が放たれ、僕は瞬く間に家来達に拘束された。


 ああそうか、兄はこの瞬間を予見していたんだ。


 ミミズだドワーフだと揶揄されていた時に、兄は自分達は「世の中」に入れる人間ではないと解ったのだろう。僕達の尋常が、市井では、殊に貴人たちにはそうではないことなど、聡い兄にはお見通しだったのだ。


 ああ失敗した。制作過程を見せなければ、僕と兄は偉大な錬金術師として永遠に名を馳せただろうに。


 兄に対する謝罪と後悔、それから偉大な研究を試しもせずに投げ捨てた王様達に対する憎しみが、坩堝に入った素材達みたいにぐるぐると巡る。


 ぐちゃぐちゃのどろどろだ。

 黒々とした思考から僕を現実に引き戻したのは、経験したことのない熱だった。


 王様に対する不敬で以て、僕は火刑にかけられたのだ。


 メラメラと体が燃える。骨が溶ける。臓腑が宙に舞う。段々と不明瞭になっていく思考の中で、失ったものばかり数える。


 兄と、錬金術師の誇りと、時間と、希望と、世の中に対する愛。


 坩堝の中に詰めてきたこれまでの全てが消えていく。消えていく。消えていく──



(ああ、僕に残ったのは……)


 この永遠の命だけだ。




「──おお! おお! 『不死の霊薬』とは本当だったか! 褒めて使わすぞ!」



 灰の中からむくりと起き上がる。


 見物人達が恐れ慄き散り散りに逃げる中、王様だけが歓喜に染まった顔で僕に近付いてきた。


 瞬間視界が炎以外の理由で真っ赤に染まり、ぐちゃぐちゃの感情が王様の首に手をかけた。


 兄さん、僕はやっぱり、結果が全てだなんて思えないよ。


 だって今、僕は望んだ言葉をかけてもらえたのに、全然嬉しくないんだ。王様は、さっき僕を殺そうとしたじゃないか。



 そして僕は国を出た。

 死のうにも死ねないから、手慰みに錬金術の研究だけ続けて、細々生きた。

 「不死の霊薬」を作る過程で出来た治療薬だとかを売り歩いているとその内に聖人だなんだと持て囃されるようになって、どこぞの国の領地なんて貰った。


 あの時王様に貰えなかった物を、長い年月をかけて手に入れた形になった。


 今でもやっぱり、ここに至るまでの苦労を忘れるなんて出来やしないけれど、この安寧と幸福を思えば必要なものだったと思えるから不思議なものだ。兄の言葉は一種の真実をついていた、そういうことだろう。




 ある時兄に似た人間を見つけた。

 生まれ変わりだとか言うつもりはないが、賢いところや誠実なところがいたく気に入って、夕食の席に招いた。


「あなたの主人は結局おいくつなのですか?」


 食卓に向かう途中、客人と使用人の会話が漏れ聞こえて来た。


「さあ……私はお仕えして精々300年といったところで御座いますから」


 卓についた僕を呆然として見る客人にグラスを勧める。


「さ、サンジェルマン伯爵……これは一体……」


 それには答えず、僕はただにっこりと笑った。



「僕とあなたの友情に乾杯しましょう──永遠のね」

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