妻の手で『ぐちゃぐちゃ』にしたその肉は…

白鴉2式

抗えぬ衝動に手を染めた日

平日の朝。


朝食を済ませた僕は、背広に着替え、ダイニングのテーブルに鞄を置いて出勤準備をする。



リビングには妻がソファーに座り、壁掛けのテレビを見ている。




テレビに映される朝の情報番組。

番組キャスターがトピックスニュースの原稿を淡々と読み上げている。



『…なお、死因は出血性ショックだったと…』




「この犯人、被害者に何度も切りつけたんですって」


唐突に、妻が今キャスターが話している事件について口を開いた。




「肉をやたらめったら切り裂くって、どんな感覚なのかしら」



妻の言葉に、ビクッとする僕。



いや、感覚って…


犯人に対して、どんな感覚でそんなことができるのかって言いたいんだろけど。


犯行に及ぶ思考だとか、どんな精神状態だったとか、

他に言い方があるだろうに。



「さぁ。犯人の心境なんて分からないよ。」


「肉を…」


「ん?」




「肉をぐちゃぐちゃにするって、どんな感触なのかしら」





ぞわっ





妻の言葉に背中に冷たいものを感じた。



妻の話す口調はいつも淡々としたもので、言葉に感情があまり出てこない。

もちろん喜怒哀楽の感情も見せるけども。



だけど今は、淡々と、感情無く。普段通りに。


妻と出会ったころから、変わりなく。

慣れ親しんだ喋り方。



だけど、話の中で言った言葉に...



『ぐちゃぐちゃ』



って...




そんな言葉、


今のニュースで一度も使われていないのに。







「私も…」






「肉をぐちゃぐちゃにしてみたいものだわ」





そう言葉を続ける妻。



僕に背を向けたまま、妻の表情が伺えないだけに、余計に、えも知れぬものを感じた。




「な、なんだよ、それ…怖いこというなぁ」


「フフフ…冗談よ。

 あなた、もう時間が無いんじゃない?早くいってらっしゃい」


「ああ…、うん」



妻の小さな笑い声に、僕の中の変な緊張がほぐれた。


妻に急かされた僕はリビングから出ていく。


「行ってきます」と告げて。


最後までただの一度も僕を見ることはなかった、

妻の背中に向けて。













「ただいま」


僕は玄関のドアを開けると、

ふんわりといい香り…料理の香りが漂ってきた。



「おかえりなさい」


玄関から奥へ伸びる廊下の先のリビングから、妻が姿を見せた。


「丁度料理ができたところなの。着替えている間にテーブルに準備をしておくわ」







僕は部屋着に着替えるとダイニングへと向かう。


妻は既に椅子に座っている。

テーブルには食事の準備が整っていた。



「今日はハンバーグなんだね」


料理を見て、僕は妻に声を掛ける。



「ええ…とてもいい肉があったものだから」


「そうなんだ」


「無性に、ぐちゃぐちゃにしたくなって」




…え?




「だから…」



ゆっくりと、僕の方に顔を向ける妻。



「ぐちゃぐちゃにしたわ。その肉を」



無表情のまま、そう言葉を続けた。




妻は普段からあまり感情を表に出さない。

だからポーカーフェイスな表情なのはいつものことだ。


だから今も普段と変わらぬ、見知った表情。



しかし...僕は、妻のその表情を見た途端、

強烈な寒気を感じた。


それはなんだか、とても嫌な予感がしたから。




そして。


肉をぐちゃぐちゃにしたと話した時の妻の声。


淡々と話すその声の中に、ある感情を感じ取れた。



それは...『楽しい』といった感情。



肉をぐちゃぐちゃにしたという行為が、楽しかったということなのか...?



いや、違う感じがする。


数年もの間、一緒に暮らしているから、なんとなく伝わるものがある。


だから、そんな気がした。




楽しかった...それは...『肉』になのか?



ぐちゃぐちゃにした『肉』に、意味があるのか!?




そのハンバーグの『肉』に、何を使った!!?




妻の楽しい感情の根元が『肉』だと察した僕は突然、

この家の中の、違和感に気が付いた。




居ない!



あの子が...フータが、見当たらない!!!





「フータは!?フータはどうした!?


 フータはどこにいった!!!」




荒らげる声で妻を問い詰める。



妻は僕を見つめたまま。



僕に怒鳴られても眉ひとつ動かさない妻の、口元が動く。



「フータは…」











「動物病院で検査入院中だけど?」





入…院……?



…………そういえば…今日動物病院に連れていくって…


ああ、そうだった…慌ててしまって……





「フータが居なくなっただけでそんなに感情的になるなんて。


 あなたのフータへの溺愛ぶりがそこまでだなんて、困った人ね。


 だけど、勝手に忘れていて、勝手に怒鳴りつけてくるなんて、不愉快だわ」




「あ、ああ…ごめん…怒鳴ったりして…。謝るよ」




「…フフッ。

 いいわ。許してあげる。

 だって今日は特別な日だったもの。

 こんなに楽しい気分になれた日は、久しぶりだわ」




...............




その言葉に何か意図的な含みを感じた気がした。



やっぱり、この肉...ただの肉じゃない!



そう考えてしまったら、気になって仕方がない。



「さあ、はやく食べましょう。

 せっかくのハンバーグが、冷めてしまうわ」



こんな気持ちのままで料理を食べる気にはなれない。


僕は意を決して、妻に問いかけた。




「なぁ、ハンバーグのこの肉って、何を使ったんだ?

牛?それとも……豚?」



それとも.........




「それはね






 あなたが大切にしているものよ」





肉を大切にしているって...




大切に...している.........まさか!!?




僕は慌ててスマホを取り出し、急ぎ電話を掛ける。




コールが続く。コールが...止まらない!


そんな...まさかそんな!!

頼む!頼む出てくれ!!!!




「もしもし?」



「母さん!!父さんは!!父さんは…!!!」



「どうしたのいきなり。父さんなら寝っ転がってテレビを見てるわよ?代わるの?」




はーーーーーー………



よかった……母さんも父さんも無事だった…



「いや、いい。代わらなくて」



「なぁに、変な子ねぇ」







「ごめん…なんでもないんだ…急に驚かせてごめん。


 うん…うん…いや、なんでもないんだ…いや、大丈夫だから…じゃあ、切るよ…」



母との電話を切る。


取り乱していた僕を見る妻。


微笑みなから、僕を見ている。





フータでもなければ、両親でもない...



なら、この肉は...一体...





「あなたの、とっておきよ…」



唐突に、妻が話す。


まるで、僕の考えが分かるかのような言葉で。




.........まさか!!



その瞬間、今度は僕の心境を読み取ったかのように、彼女は微笑む。





それは、先ほどから見せている微笑みとは明らかに違った微笑み。


それは、彼女が満足した、心底楽しそうな、微笑みを!




彼女のその表情に、僕は確信した。


間違いない!





僕は冷蔵庫に駆け寄り、勢いよく扉を開ける!




バタンッ!



乱暴に開けた扉が大きな音を立てるも、

そんなことを気にする気など無い。




冷蔵庫の中にある目的の肉を探す!






しかし…






そこにあるべきの肉が…無い!!!






「いい肉よね、あれは…」



椅子に座ったままの妻が呟くように話す。





当然だ!あれはまさにとっておきの…


とっておきの極上の肉なのだから…!





なんてことを…


僕はあまりのショックで膝から崩れ落ちた。





あの肉は…肉にこだわり、肉を追及する、異常なまでに肉への執着心を持つ…



肉大好き芸人の激推しした、


絶対にウマい肉なのだから!!!




極上故の値段も最高級品価格の肉!


それをハンバーグの具材に使うなんてー!





「あの肉をハンバーグに使う!?フツー!!」



立ち上がった僕は、嫁の元に歩み寄りながら避難の声を上げた。



「なによ。私がブランドバックを買ってきたら「相談も無しにそんな高価なモノを」って怒るくせに、


 あんな高級なお肉を私に黙って買うなんて。

 許せないわ」



た、確かに妻に一言も無しで買った肉だけど…


だけど結局は妻と一緒に食べる肉だっから、言わなくてもよかったかな…と。

妻へのサプライズの気持ちも多少あったから…




「ぐちゃぐちゃのミンチにしてあげたわ」



そ…そんなぁ~。



「し、しかし、だからってハンバーグになんかに…


 僕は君がブランドバックを黙って買ったからって、

粗末に扱ったりしたかい?


 君がしたことは、君の大事なブランドバックを僕が粗末に扱うことと同じ…」



「うるさいわね。離婚するわよ」



う…



思わず言葉を詰まらせる。



もちろん、妻に離婚する気が無いなんてことは分かっている。

何故なら、離婚という言葉は僕を責める時によく出る言葉だから。



だから、言葉が詰まった理由は「離婚」ではなく「うるさいわね」の方。



その一言の中に、様々な意味が、彼女の腹の中にある様々な言いたい言葉が、凝縮されていることが容易に予想できて、何も言い返せなくなった…


言い返したら多分、彼女の腹の中の言葉が、

口から溢れて止まらなくなってしまうだろうから。




「さぁ、食べましょう、あなた。

 特別なハンバーグを、ね」




僕からタダ漏れ出す敗北感に、妻は笑顔を見せる。


やることをやって、言いたいことを言って、困り果てた姿を見て、満足したといった風に。


とても嬉しそうに。




無邪気な少女のような、

妻の可愛い笑顔を僕に見せてくれた。









それにしても…安堵したよ。


このハンバーグが市販の肉だったこと、本当に。




よかった。本当に。









君は僕とは違ったのだから。










───────────────



どうも、こんにちは


今回の小説は

いかがでしたでしょうか




朝の殺人事件の報道を見ながら

不安なことを言っていてとはいえ



ハンバーグを出した際の妻の態度に



夫が次々と発想する内容が

酷く物騒なことばかりだった...その訳は...




夫は…




つまり


そういうことです ───────────────







それでは皆様


ごきげんよう...

 

 

 

 

 

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