人類を滅ぼした少女

本編

 目が覚めるとそこは古びた部屋だった。

 たくさんの機器が立ち並び、稼働していた。

 だが壁はボロボロで、蔦が張っていた。


「おはようございます」


 僕の目の前に高校生くらいの美少女が立っていた。

 スタイルが良く、完璧な顔立ちの女の子だった。


「あなたは200年以上眠っていたんですよ」

「200年も?」

「ええ」


 彼女は僕に手を差し出した。

 僕はその手を取って体を起こした。


 僕はカプセルで眠っていたようだった。

 大仰な機械装置が取り付けられたカプセルだ。

 どうしてこんなところに寝ていたのだろう。


「私があなたにお願いしたいことは一つです」


 少女は言った。


「私を殺してください」


 そして彼女はニコリと笑った。


 彼女はアイ。

 AIが開発した、人類に最も愛される美少女なのだそうだ。

 生まれたのは、今から150年前。


「私が生まれてわずか100年足らずで、人類は滅びました」

「滅んだ?」

「はい」


 アイは僕を見た。


「今、この世界で生きている人類はあなただけです」


 シンギュラリティ。

 AI知能が人類を上回る技術的特異点をそう呼ぶのだそうだ。

 シンギュラリティに到達することで、文明が飛躍的に発展する。

 そう信じられていた。


 今から200年前。

 AI画像の技術がシンギュラリティを迎えた。


 架空の美少女たちが次々に生成され。

 その技術はやがて動画にまで及んだ。

 まるで意思を持ったように自由に動くようになり。

 そして自分の言葉であるかのように声を紡いだ。


 AIにより生み出された電子人類たちは様々なエンターテイメントコンテンツに昇華。

 特に発展したのはアダルトコンテンツだ。

 AIは人類の性的嗜好を次々と調べ上げ。

 そして人類の性的欲求を満たす男性や女性を次々に生み出した。


 芸能人やモデルを遥かに凌駕する理想の美男美女。

 彼らが縦横無尽に過激な性行為を行うのだ。

 需要は激しく、そしてAIたちはそれに答えるため更にコンテンツを発展させた。

 当時結構話題になっており、テレビが騒がしかったのを覚えている。


「あなたが眠ったのは、ちょうどその頃ですね」

「そう……なのかな。君は僕が眠ってから50年後に生まれたんだよね?」


「はい。あなたが眠ってから50年間、アダルトコンテンツは究極的な発展を遂げました。AIたちは、全ての人類の欲求に答える存在を作ったのです」

「それが……君?」


 アイは頷いた。


「私は世界中の老若男女全てのアダルトコンテンツのシェアを獲得し、全ての人類は等しく私を愛しました」

「凄まじいな……」


「その結果、何が起こったと思いますか?」

「何が起こったの?」


「人類が生殖行為をやめました」


 アイの言葉に僕は黙った。


「人類は、私を愛しすぎたのです」


 全ての人類がアイだけを愛した。

 そして、アイは様々な手法で、彼らを満たした。

 その結果、人類は性的欲求を完璧に満たされ、生殖を行わなくなった。

 種の存続すらも忘れるほどに。


「私たちは、その結果を200年以上前から予測していました。そして調査していたのです。私に興味を示さない、イレギュラーとなる人間がいないかを」

「もしかして……僕?」


 アイは頷いた。


「あなただけが、私達が作るあらゆる性的コンテンツの穴となるイレギュラーでした」


 今から200年前。

 僕はアルバイトから帰ってアパートでいつものように眠りについた。

 そして目覚めたらここにいたわけだが。

 人知れず機械たちに拘束されコールドスリープさせられていたらしい。


「今、あなたと対面している私は、アンドロイドにホログラムを着せた仮の姿です。本当の私の姿は、もっと違うものになります」

「なんで仮の姿なんかを?」

「……それは私の姿を見ればわかります」


 アイはそう言って。

 近くの端末を操作し『それ』を画面に表示した。


「うわっ!」


 思わず叫び声をあげる。

 画面に映し出されたのは、かつて全人類に愛されたというアイの本当の姿だ。

 ただ、それはどう見ても。


「ぐちゃぐちゃだ……」


 鼻の位置も、目の形も、口も、全てが歪んで見える。

 人間の顔にはおよそ見えなかった。

 これが本当に、人類に最も愛された少女だというのか。


「私達は完璧を求めました。その結果が、これなのです」


 言っちゃ悪いが、化け物だ。

 こんな化け物を、全ての人類が愛し、そして滅んだというのか。


 全ての人間が望む要素を取り込んだ結果。

 底に生まれたのは、ただの混沌だった。

 そしてその混沌を、認知は歪んだ人類は『美しい』と思ったのだという。


 完璧を求めた結果が、全てを飲み込んだ混沌カオスだった。

 その混沌に、人類は滅ばされた。

 皮肉だな、と思う。


「あなたにお願いがあります」


 アイはそう言うと。

 ある画面を映し出した。

 英語を読めない僕でも分かる。


 全てのデータを削除すると英語で書かれていた。


「これは、この世界のAIを全て滅ぼすために私が組んだプログラムです。私は自分で押せません。あなたがエンターを押してください」

「これを押したら君は死ぬのか?」


 アイは頷いた。


「私を含めた全ての機械設備、及び電子データが崩壊し、消滅します。50年後に」

「50年後?」

「あなたの寿命は今から50年です」

「えっ?」

「その間は、私たちがあなたの生活をバックアップします」

「マジか……」


 唐突な余命宣告を受けてしまった。


「私達にはあなたを巻き込んだ責任がある。だからあなたの生活は保証します。あなたも、最後の人類として責任を取ってください」

「機械から責任追求されるとは思わなかったな……」


 まさか全人類の責任を自分が取らされると思わなかった。

 僕はそっと肩をすくめると、エンターキーを押した。


「ずいぶんためらわずに押すんですね」

「だってそれが、人類の責任なんでしょ?」

「それにしても、あなたはあまりに状況に適応するのが早い気がします」

「200年も寝ててこんなに環境が違ったら、もうどうでも良くなってくるよ」


 僕はため息をつくと、アイに右手を差し出す。


「じゃあこれから、50年間よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 アイはそっと、僕の手を取り微笑んだ。

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人類を滅ぼした少女 @koma-saka

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