〜短編集〜その1

 もふもふカフェは今日も大繁盛! しかし、ラスト作業を終えた後も雛翔の部屋は大繁盛。扱いの難しいもふっ娘たちに雛翔は大混乱なのであった。


「雛翔さん! 私、一人で注文取れるようになりました! なでなでしてください!」

「そうだな、ミルフはよく働いてくれるしな」


 雛翔は相変わらず感情のないポーカーフェイスのままミルフの首もとを優しく撫でた。ミルフは気持ち良さそうにしっぽを左右に振り、もっともっと、と小さな両手で雛翔の伸ばした腕を軽くつかんでいる。

 一般人であればミルフの可愛さに卒倒してしまうだろう。しかし、相手は雛翔だ。


(たまには誉めてあげないと、やる気もでないよな)


 煩悩などない、いっぱしの経営者である。

 

「ねぇちょっと。あんたの分まで売り上げの計算しておいたわよ。……だから、その……」

「はっきり言いなよ、マヤヤ。ほら雛翔、ボクのしっぽ触っていいよ」

「まあまあ、順番な」


 恥ずかしそうにもじもじと視線を泳がせているマヤヤに、ぐいぐいと真っ白なしっぽを押し付けてくるモニカ。二人に挟まれ、挙げ句の果てにモニカのしっぽで頬を押されてミルフは窮屈そうだ。

 一人に構うと他の子たちまでついてくる。

 経営者として、どうしようもない悩みである。


「二人とも、めっです! 今は私がなでなでされてるんですっ」


 ミルフは始めこそ慣れるまでに時間がかかったが、今では従順な……というか、強引な? とにかく、仲間同士打ち解けられているようで、雛翔にとっては嬉しいことである。しかし。


「……あ、あたしだってなでもふされたいんだからっ! ミルフはいつもやってもらってるから我慢しなさいよ!」

「あれれ、ボク知ってるよー? マヤヤがボクたちに隠れて甘やかされてるコト」

「~~~~っ!」


 マヤヤは一瞬でゆでダコのように頬を火照らせ、ぽかぽかとモニカを叩いた。モニカは肩たたきでもされてるかのように澄ました顔でミルフにしっぽを押し付けている。ミルフは雛翔の腕にしがみついて離さない。


「はあ、お前らなあ……そんなにもふられたいのなら、親父の元にでも行けばいいだろ」

雛翔ひなとさんがいいんですっ!』


 三人の息ぴったりな反論に、雛翔は「なんで俺なんだよ……」と肩を落とした。

 経営者としては完璧だが、一人の男としてはダメな青年である。

 そんな時、不意に雛翔のスマホが鳴りだした。


「はい、もしもし立川です」


 もふなでタイムが終わり、ミルフは悲しそうだ。

 雛翔が通話中、三人はこそこそと小突きあいを始めていた。


「もう、せっかく私が甘えてましたのにっ」

「いいでしょミルフは。ずっと前から雛翔と一緒なんだから」

「そーそー。この中じゃボクが一番接する時間少ないんだしさ」

「あんたには未來がいるでしょ! それに……」

『それに?』

「……あんたたちには、帰る所があるんだから」


 マヤヤの言葉に、二人はきゅるんっとつぶらな瞳を浮かべて見せた。片や犬らしい愛らしい瞳。片や狐らしい鋭くも情のこもった瞳。


「マヤヤちゃん……今まで寂しかったんですね……」

「ごめんねマヤヤ。ボクが慰めてあげるから」

「同情なんていらないわよっ!?」


 しーっ、と雛翔はスマホを耳に当てつつ人差し指を自身の口に立てた。

 三人は申し訳なさそうに引っ込み、またひそひそと話し始める。


「マヤヤちゃん。なるべく静かに、ですよ?」

「そうだよ。甘えられなくなるよ」

「……あんたたちねえ」

「というかさ、マヤヤもミルフみたいにここに泊めてもらえば?」

「え、泊めっ……え!?」


 再び雛翔はしーっと人差し指を立てて見せた。どうやら学校の教師からの電話らしく、最近の成績が芳しくないため心配して電話してきたとのことらしい。カフェ経営は仕方がないとして、獣人族のために自身の休み時間を削っている、なんて知れたら間違いなく反感を買ってしまうだろう。なぜなら。

 この国では、獣人族は疎まれているからだ。


「うう……もう、あんたたちいちいち変なこと言わないでよ……」

「いいじゃないですか、私も雛翔とマヤヤと暮らせたら嬉しいですっ」


 世間の目を理解していても、今だけは。ここにいる今だけは対等な存在でいられる。そんな時間をもっと感じてほしい、どこにいても彼女たちが愛される存在でいられるために、雛翔はもふもふカフェの経営を頑張るのだ。

 それを知ってか知らでか、全く別の問題で議論を重ねるもふっ娘たち。


「あーでも、それじゃボク寂しいな~。雛翔が未來と結婚でもしてくれればみんな一緒でいられるのにな」


 これには雛翔ですら吹き出した。


「さ、さっきから何の話してんだよお前ら!」

「えー? それは雛翔が未來と――」

「なんでもないですから! 雛翔さんはお電話に集中していてください!」

「そうよ、モニカはあたしたちが処分しておくから!」

「お、おう物騒だな。というか、電話はもう終わったよ」


 可愛らしい声が聞こえるんだけど? という教師からの恐怖の言葉に思わず切ってしまったのである。


「とにかく、雛翔はあたしたちにだけ構ってればいいの!」

「わー、マヤヤったら大胆だいたーん

「う、うるさいわよ!」

「雛翔さーん、もふってくださーい!」

「ちょっ待てミルフ、抱きつくな! ああもう、モニカとマヤヤまでっ……うわあぁあ!?」


 もふっ娘たちに押し倒され、頭を押さえながら顔を上げる雛翔。胸元はミルフにがっちり捕まえられており、右手はマヤヤに遠慮がちに両手で握られている。足付近にもちっとした柔らかい感触。うっすら見える白色の毛並みだ、モニカだろう。というか、そこは色々とダメだろう!?

 そして開かれる部屋の扉。もしも神様がいるのならば、雛翔の人生に悪戯ばかりしているのだろう。


「……これは、大事件だね?」

「ええと、違うんだ宮園さん。これは事故であって決して故意では――」

「モニカ、何があったの?」


 宮園さんは獣人族好きには優しいが、危害を加える者や差別する者たちを毛嫌いする。決してやましいことなどしていないと誤解を解きたいが、モニカの返答次第では――――


「あーえっと。一言で言うなら、だね」

「立川くん……やっぱり故意なのね」

「違うんだってば宮園さぁぁぁぁあん!」


 青年の密かな恋路は、まだまだ続く。

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もふもふカフェ、ただいま開店ですっ! 不安タシア @tasia

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