第2話 あまあま〜な生活にミルフはいかが?
「やっぱり、獣人族だ……」
獣人族。獣と人の狭間のような容姿をし、人語を理解し話すことのできる稀有な存在だ。確認されている中では小さな少女の個体のみ。基本不潔で、しぶとく生き残ることができるため、最近の若者たちを中心に嫌われており、ぞんざいな扱いを受けている。
そんな、町外れでしか見かけないような獣人族が、学校に。それも、雛翔の目の前にいる。
「どうしてこんなところに」
「ごめんなさいっわすれてくださいっ」
「忘れろっつったってなあ」
目の前の相手が獣人族であろうと、生物であることに変わりはない。勉強熱心な雛翔には、生物かそうでないかの区別しかできないのである。
どうしようかと頭を掻いていると、クラスの陽キャラとされるサッカー部の二人が教室に入ってきた。
「一番乗り~! って、誰かいるじゃん! えーと、誰だっけ」
「立川だよ、ほらガリ勉の」
「あーそーだそーだガチ川だ! なんでこんな早えーのこいつ?」
断固無視。雛翔は元々コミュニケーションを取るのが苦手で、休み時間も机に向かっているためガチ川などという不名誉なあだ名をつけられている。
というか、彼は二人の名前すら知らない。よって、ペラペラうるさい方を醤油顔、クールな方を塩顔と命名させていただこう。
醤油と塩の二人は雛翔の視線に気付き、びくびくと体を震わせる獣人族の少女へと近づいた。
「おいおい、獣人族だぜ!? 俺初めてみたよ!」
「俺もだ。てか汚くね? さっさと追い出そうぜ」
塩は勢いよく掃除道具入れの戸を開き、ぼろぼろの少女のシャツを掴んだ。
「誰だよ昨日の掃除当番。ゴミはちゃんと捨てとけよな」
涙を浮かべる少女に対し、にやけ面で少女を持ち上げて廊下へと連れ出す塩。何を思ってか、雛翔は咄嗟に塩の手首を掴んでいた。
「……あ? なんだよ」
その間、約一秒。突如として訪れた沈黙の中、雛翔は頭をフル回転させていた。
何故塩につっかかってしまったんだ。何かメリットはあるのか。名前も知らない、赤の他人である獣人族のために。でも食べかけのパンが落ちていたから。可哀想に見えたから。やっぱりやめておけばよかった。でも今さら遅い。他人に興味なんてないのに、同情か? そう、同情だよ――――
「ごめん、昨日の掃除当番俺だった。その子は俺が外まで連れていくから、放してあげてよ」
「はっ、なんだよその言い方。まるで俺が悪いことしてるみたいじゃん」
どうみても悪いことをしているのである。
「……まーいいけど。次からちゃんと掃除しとけよ、ガリ勉君」
そう言うと、塩は少女を雛翔の方へぽいっと投げた。落とさないようにしっかり抱きしめるが、なんせほこりっぽい。くしゃみを変顔しながら必死に押さえる。
塩は少し不機嫌そうに教室に戻り、すぐに醤油とまた談笑を始めていた。切り替えの早いやつだ。
「大丈夫か?」
「…………」
ピンク色のしっぽが左右にふりふり。彼女は項垂れたままだが、前髪からうっすら覗く瞳には小粒の涙が浮かんでいた。
「まー、大丈夫ではないわな」
こくこくと縦にケモ耳を揺らす彼女を抱き上げると、雛翔は教室とは正反対の方へと歩きだしていた。
「とりあえずウチにこいよ。……安心してくれ、大切にするから」
こう言っておけば少しは安心してくれるだろうか。そう思いつつ、雛翔は咳とくしゃみに苦しめられながら帰路についた。
学校は――――まあ仕方ないか。
「――――それで、この子を連れてきたと?」
「すみません……」
「市場調査もできておらず」
「すみません……」
「挙げ句の果てに男子二人を敵に」
「すみません……」
深くため息をつき、立川父――マッチョは神妙な面持ちで腕組をした。
「父さん、本当にごめん。この子を綺麗にしたらすぐに引き取ってくれる施設とかを探すから――」
「うるさいぞ雛翔。父さんは今、この子に似合う制服を考えているところだ」
びくーん。獣人族の少女は一瞬しっぽの毛を逆立たせた。
「え? まさかの歓迎?」
「父さんは驚いたぞ、まさかお前がこんな可愛い子を連れてくるとはなあ」
「いや、そんなつもりじゃ」
「それで、名前はなんて言うんだ?」
「謝罪して削れた俺のプライドを返してくれ」
噛み合わない二人におどおどしつつも、少女は両手の人差し指をもじもじと擦り合わせて答えた。
「わ、私……ミルフィーユ……」
なんとも美味しそうな名前。ミルフィーユ、と答えた少女は恥ずかしそうにその場に踞り、子犬のようなケモ耳を垂らしてしっぽを振っている。
マッチョは頷き、親指をぐっとたてて見せた。
「そうか。ミルフちゃん、採用! 今日からうちの従業員だ!」
「本名呼ぶ前から愛称!? ってかこの子働かせるのかよ!?」
「ん? マッチョとガリのカフェを嫌がったのはお前じゃないか」
「いやそうだけどさ!」
冷静なマッチョと興奮するガリ。この構図だけで情報量が多いと感じてしまいそうだが、困惑する獣人の少女も横でしっぽを回している。
テンションが追い付かねーよ、と雛翔は肩を落とした。
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