右往左往ノ恋囃子

篤永ぎゃ丸

人混み乱し、服を乱し、心乱しても

 鳥居を潜った先、明るい屋台の間を流れる人の川。祭囃子が夏の風物詩を語りかけ、胸を躍らせる中で、芹沢美稀せりざわみきの顔はムスッとしていた。


 淡いミントグリーンに、ピンクの胡蝶蘭が散りばめられた可愛らしい浴衣。思春期を際立たせる向日葵のコサージュが萎れて見えるのも、美稀の一歩先を行く彼氏の誠志まさしが原因かもしれない。


「うおぉ、あれって五平餅じゃん!」


 誠志の左腕に添えられる、美稀の右手。しかし彼の意識は屋台に引っ張られていて、指が絡む事を期待する独りよがりに、なかなか応えてくれない。


「美稀、たこ焼きの屋台ってどこだっけ?」

「……しらない」

「んー? 確か、ネットに配置図があったような」


 先に行く事なく、歩幅を合わせて歩いてくれる誠志。だがスマホを操作し始めた事で、美稀の手からスッと腕が離れてしまう。反発した彼女の足が、意地悪に一歩引ける。


「私……あっち、いくね……」


 美稀は誠志から隠れるように、人と人の間を抜けていく。そんな彼女の行動を彼は見逃さず、呼び止めようと声を上げるが見失えばいいと美稀はぐちゃぐちゃな人屈みに紛れていく。


「おーい、美稀!」


 誠志の声が途切れない。


「待てって美稀! あ、ごめんなさ……」


 誠志を振り切れない。


「美稀ッ! すいません、通りますッ!」


 誠志が離れてくれない。


「おいッ、美稀ッッ!」


 誠志の大きな手が、美稀の手を掴んだ。ゆっくり彼女が振り返ると、ボサボサ髪で服が乱れた彼の姿が目に映る。


「俺の事、からかってんのかあ?」

「からかって、たかも」


 人の流れに逆らい、ぐちゃぐちゃな身なりになった誠志は美稀の手をギュッと握り、離れる心を引き留めた。夏祭りの情熱が、胸の鼓動に重なる御囃子が、二人の背中を後押する。

 

「俺は、絶対に美稀を見失わねえから」


 立ち止まって顔を赤らめる誠志と美稀の存在は賑やかな人の行き来をぐちゃぐちゃに阻害しながら、周りの微笑みを集めた。

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右往左往ノ恋囃子 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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