半妖の陰陽師~神々の決断
斑鳩陽菜
半妖の陰陽師~神々の決断
「式神招来、破邪消滅!」
青年の声に、少年の姿をした〝彼〟は半眼で嘆息した。
『相変わらず、神使いが荒いなぁ……』
癖がかかった白い髪を掻き上げつつ呆れていれば、命じた青年は「早く片付けろ」と言わんばかりに睨んでくる。
(まったく……)
本来ならば〝上〟にいる立場の自分たちが、なぜこうも一人の人間に扱き使われなきゃならないのか――、おそらくそう思っているのは〝彼〟だけではなく、他の仲間も思っているだろう。しかし契約を結んだ以上、従わねばならない。
安倍晴明が使役する式神、
玄武は一気にその場から跳躍した。
「さっさと異界に帰りな! この十二天将・北の守護、玄武を怒らせたくなかったらな!!」
臨戦態勢に入った玄武から
◆
「我々を使役したい……? いったいどこの馬鹿です! そんな大それたことを言っている愚か者は!?
地上より遙か上――、人間は決して入れぬ異界の地。
見渡す限りの雲海と、その雲海から突き出すように聳える鉾のような岩山。
神域とされるその場において、長身の男が鋭い視線を向けた。
青銀の髪に金の双眸、瑠璃色の具足を身に纏い、逞しい腕には身の丈ほどの領巾を絡ませている。名を青龍――人界では四神の一人、東方の守護神として知られている。
「安倍晴明という陰陽師じゃ」
天一は白髪に白髭の老人という姿である。
「あなたとあろう方が、まさか承諾したというのではないでしょうね?」
「少し落ち着いたら? すぐカッとなるのは悪い癖よ? 青龍。あなたが暴れると、地上が水浸しでぐちゃぐちゃになるのよねぇ」
挑発しているとしか思えない言葉を発したのは、赤い髪を腰まで伸ばし、紅の具足を身につけた女性で、彼女も領巾を腕に絡ませている。名を太陰という。
「うるさいっ。雨乞いをしてきた人間に言え。雨が降ったら降ったらで今度は祟りなど抜かす奴らに」
青龍は東方の守護神だが、水を統べる霊力をもつ。天将は人の姿になるが本体ではない。青龍でいえば、本体は龍である。
「やめよ、二人とも。どうしてお前たちは顔を合わせると対立するのだ? 同じ
十二天将は北極星を中心とする星座を起源とし、
天一は天将たちを統括する立場にある。その天一に
「相当怒こってるわよ? 彼」
「青龍を刺激したのは太陰じゃないか」
「あら、あなたは面白そうに笑っていなかった? 玄武」
「それよりさぁ、大胆な人間だよ。我らに降りてこいなんて。焼け焦げるつもりか?」
玄武は少年の姿をしているが、これも本体ではない。人界では北方の守護神して、亀と蛇が一体化したような姿で描かれている。
神々は人界には降りない。決して人に力を貸してはならない。
特に誰が決めたかではないが、神々はそう思って悠久の時を生きている。
神が人に接触すれば、人はその神気に堪えられずに体力を削がれてしまうからだ。例えるなら太陽を直視して目をやられるように――。
神々は異界の地において人を導く存在――そう思っている天将の元に「力を貸してくれ」と乗り込んできた人間がいる。式神として下れという。
その人間の名は半妖の陰陽師と言われる、安倍晴明――。
天一は真っ白な眉を寄せて唸った後に、玄武と太陰に告げた。
「とりあえずは、他の八人も集めて聞いてみなければなんともならん。果たして安倍晴明という男が、我らが下るに相応しい器か否か」
さすがの天一も
かくして――他の八人、
やはり集まった面々の顔は、難しい表情である。
青龍に至ってはこの日も憤怒の表情で、集まった十一神を凍結させるのではないかと思う冷気まで漂わせている。
天一が切り出した。
「皆の意見を聞こう」
「翁よ、神である我らが人間の家来になどなれぬ」
「家来になるのではない。安倍晴明という男の下に下るだけじゃ。騰蛇」
「面白そうじゃない」
「太陰、汝は神としての矜持はないのか?」
「あるわよ。畏れもなく私たちに下れという人間に興味があるだけ。それだけの才覚があるか、見極めてやろうじゃないの」
玄武は青龍を見た。
何も言わなかったが、その無言がかえって怖い。目は明らかに怒りに満ちている。
(たぶん、人界はこれから嵐だな……)
人間たちにとっては八つ当たりで嵐を起こされてはたまらないだろうが、カッとなった青龍を止められるのは天一でも無理だろう。
かくして、一人下り二人下り、十一神が晴明の式神となることを決断した。玄武は太陰に「青龍は?」と聞いた。
「知らないわよ! あの石頭のことなんかっ」
どうやら、まだごねているらしい。
玄武は北方へ戻ろうと、風に乗った。
晴明の式神召喚の声が届いたが、はたして誰が降りたのか。
「え……?」
玄武は目を
青銀の髪を靡かせ、不機嫌そうな顔で晴明の前に立つ天将。
「なんだよ。結局お前もじゃないか。青龍」
玄武の声が聞こえたのか、苛烈な目が玄武に向く。
かくて――十二天将は決断し、動いた。
◆
「
玄武の声に、昊を覆うまでの黒い靄の塊がぐにゃりと歪んでひしゃげた。
ぐちゃぐちゃになりつつもしぶとく居座っていたが、玄武が運ぶ風に耐えきれずに塵となって消えていく。
(どうだみたか。天将の力を)
晴明を振り返ると、もう用はすんだとばかり背を向けて帰ろうとしていた。
「おい、最後まで見てろよ」
「なんだ……、まだいたのか?」
「お前なぁ……」
玄武は時々思う。なぜ、こんな男を主と認めてしまったのかと。
神々の決断が正しかったかどうかは、晴明のこれからの行動と成長によってわかるのだろう。玄武は、そう思うことにした。
半妖の陰陽師~神々の決断 斑鳩陽菜 @ikaruga2019
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