我が家にまつわるとある料理

彩瀬あいり

我が家にまつわるとある料理

 家にはそれぞれ、独自の料理が存在すると思う。

 それは味付けに限ったことではなく、味噌汁の具であったり、親子丼のつゆの割合であったり、残り物を適当に炒めただけの、明確な名前が存在しないようなものであったりする。


 幼い子どもにとっては、家の料理がすべて。

 外食をせず、ファミレスが近くにない地域で育った私は、自分が食べていたものが、世間では別の名前で呼ばれていることを知らずに生きてきた。

 何の料理かといえば、卵料理だ。

 卵をボウルに割り、溶いて液状にしたものを熱したフライパンに流し入れ、菜箸さいばし等で混ぜながら火を入れていく。

 薄く伸ばしたものを巻いていくよりは簡単で、子どもでも失敗せずに作ることができるこの料理が、俗に言うところスクランブルエッグであることを私は認識していなかった。

 いや正確には、それ・・がスクランブルエッグと同じ料理であることを、認識していなかったというのが正しい。

 私にとってこの形状の料理は『ぐちゃぐちゃ卵』という名前なのだ。


 そう呼称していたのは母である。

 母にその名を教えたのは誰なのかは定かではない。

 あるいは、母自身は正式名称を知っていたけれど、幼児に横文字は難しかろうと、適当に名前をつけただけなのかもしれない。


 なんにせよ私にとっては『ぐちゃぐちゃ卵』だったものだから、スクランブルエッグとの違いに随分と悩んだ。気になってネット検索をしてみたところ、今度は『洋風炒り卵』というワードまで出てきた。

 スクランブルとは『かき混ぜる』ことなので、『ぐちゃぐちゃ』との親和性が高いけれど、炒り卵は細かくパラパラした状態になったものというイメージが強いので、洋風という単語を冠したところでピンとこない。同じであって同じではないのだ。


 炒り卵は砂糖、スクランブルエッグはケチャップ。

 そして、ぐちゃぐちゃ卵は塩味。


 それが私にとっての、おふくろの味。

 亡き母の思い出の味。

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