花はただ咲いてるだけで愛でられる

きみどり

花はただ咲いてるだけで愛でられる

「何、やってるの……?」


 葵は洗濯カゴを取り落とした。ぐしゃあと倒れたカゴから、洗いたての衣類が散らばる。

 視線の先にはベビー椅子に腰かけた娘の花ちゃん。その手には油性ペンが握りしめられている。

 そして、その隣には夫のそら


「葵ちゃん、見て!」


 宙が目を輝かせ、机上の紙を指差す。

 葵は言われるより前に駆け出していた。2人の背後からそれを見下ろし、わなわな震え出す。


「そん、な…………天才!?」

「でしょ!?」


 A4のコピー用紙に、黒いペンで描かれたぐちゃぐちゃ。点であったり、線であったり、大きな渦巻きであったり。余白は許さぬ! とばかりに、何度も何本も執拗に黒が殴り書かれている。


「ヤバい。花ちゃん、将来画家じゃない?」

「だよね! 才能ある!」

「でもズルいよ、宙くん!」


 葵は顔を歪めた。


「私、花ちゃんが初めてお絵描きするとこ見逃しちゃった!」


 そんな葵に宙はスマホを掲げた。


「こ、これは……!」



『花ちゃん、初めてのお絵描きでーす! うわっすごい。教えてないのに紙とペンの使い方を知っているだと!? 神童か! 花ちゃん上手だね~』



「しっかり録っておきました」

 動画を食い入るように見つめていた葵が、大きく頷く。

「さすが宙くん。後で送って」

「御意」


 その間にも、花ちゃんは紙にぐりぐりとペンを走らせている。


「あーっ!」


 しかし、葵の悲鳴に何事かと、その小さな手が止まった。


「紙からはみ出て、インクが机についちゃってる!」

「ああっ、本当だ!」


 2人は天を仰いで、手で顔を覆った。


「花ちゃんのイラスト入り世界に1つだけの机……」

「唯一無二……尊い」


 再び紙とペンが擦れる音がし始めた。


「あ、ペン先潰れてきてる」

「本当だ」



 宙が勢いよく立ち上がって、倒れたままの洗濯カゴへ駆けていった。

「洗濯物干したら出掛けよう! いろんな色のペン買いに行こう!」

「うん!」


 家族の1日は、まだまだ始まったばかりである。

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花はただ咲いてるだけで愛でられる きみどり @kimid0r1

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