第24話 買い物客は我が目を疑う(客目線)
最近、市場に見知らぬ人間が店を出し始めた。いや、この市場には他国からやってきた旅人が期間限定で店を出しては自身の国の珍しい物品を売ってちょっと稼いだらまた旅に出るなんて人間も多いから珍しいことではないのだが……。その分厚い眼鏡で顔を隠したその女性は頭からすっぽりとマントを被り、肩に白い小鳥を乗せながらとてもよく効くと評判の薬を売っていた。お手頃な値段なのに効果は抜群なのでよく売れているようだし、庶民は多少の病気や怪我では医者にかかれないのでみんな助かっているのも事実だった。まぁ、それはいい。それはいいんだが……。
なんか、店の隅っこに大根が正座して座ってないか?
え、大根だよな?別に大根が転がってるだけならそんな気になったりしないんだが……正座してちょこんと座ってるように見えるのは幻覚なのか?!そんで時々足が痺れたみたいにプルプル震えながら足(?)を伸ばしたり揉んだりしてるような……。
『じぶん、だいこんあしなんで!』
さらに、まるで自分に活を入れるかのように両手(?)をぶん回してなにか叫んでーーーー。
しゃべった?!大根が?!え、手足(?)動かしてる?!
「あ、あの……」
あまりの衝撃に色々と震わせながら店主に声をかけてしまった。元々評判を聞いて薬を買うつもりで来たのだが、それ以上の衝撃に俺の脳内は大根一色になってしまったのだ。
「いらっしゃいませ。どんな薬をご所望ですか?」
にっこりと微笑む店主が首を傾げるとマントの隙間から綺麗な銀髪が一房こぼれ落ちだ。分厚い眼鏡といい綺麗な銀髪といい、まるで少し前に話題にのぼっていたとある国の王子を守るために命を落とした婚約者の令嬢みたい……なんて考えが一瞬だけ脳内によぎったが、その店主の背後でわさわさと頭(?)を激しく揺らす大根の姿が視界に入るともうそんなことどうでも良くなってしまっていた。
「そ、そこの大根はーーーーっ」
「ピィ」
俺が指差した瞬間。それまでずっと静かに店主の肩に乗っていた白い小鳥がひと声鳴いたかと思えば、確かにさっきまで動いていた大根が……ただの大根かのようにころりとその場に転がっていたのだ。
「???」
「……この大根がどうかなさいましたか?」
頬に手を当て、不思議そうに眉を顰める店主の姿に、なんだか急に恥ずかしくなってきた。だいたい大根が動くはずがない。正座をして痺れた足を伸ばしたり、頭を搖さぶって踊ったりなど……。もう一度ちらりと大根に視線を動かすがやはりピクリとも動く様子はなかった。あ、俺……疲れてるんだ。女房には「もっと稼いでこい」と怒られるし、子供には「もっとかっこいい父ちゃんが良かった」と外見を罵られるし、仕事は過酷だし。そりゃ、幻覚も見るよなぁ。
「……い、いえ。その、疲れに効く薬を下さい。どうも最近、働きすぎみたいで……」
「それならこちらを。滋養強壮薬です。これを飲んでぐっすり眠れば疲れもとれますよ」
そう言って店主が渡してくれた薬は、実際とてもよく効いた。こんなに清々しい朝は数年ぶりだ!
数日後。お礼を言いたいのと、また薬を買おうと思って市場にやってきたら……その店主の店は消えていたのだった。
***
「あのお客さん、絶対に大根のこと気づいていたわ!むやみやたらに動いちゃダメって言ったでしょ?!シロが教えてくれたからいいものの、変な人に捕まったら切り刻まれて鍋の具になっちゃうからね!?」
「じ、じぶん……だいこんあしなんでぇ……」
反省したのか、てっぺんの葉っぱが萎れたようにうなだれる。なにがなんでも付いてくるって譲らないから連れてきたものの……やっぱり問題が起こってしまったようだ。大概の人間は全く大根の存在を気にしないのに、たまーにこの大根の異様さに気付く人間が出てきたのである。まだ隣国の入口付近でしかないのに、あまり大騒ぎになると王家に近づけなくなるし、困ったものだ。うーん、やっぱり畑の妖精なんて特殊な存在は扱いが難しいわねぇ。
隣国までやってきて様子を伺いながらお店をして資金を稼いでいたものの、なかなか先に進めないのであった。
ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから! As-me.com @As-me
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