ぐちゃぐちゃに絡む運命の向こうに

香久乃このみ

小指からのびる糸

『運命の赤い糸』が見えるようになったのはいつだったか。「ママの小指に赤い糸がついてる」と言うと、母は「運命の赤い糸かな?」とクスクス笑ったのだ。その時、私は小指から伸びる赤い糸にそんな名称があると知った。

 母は初め本気にはしてなかったようだ。けれど「パパとママの糸、繋がってる?」の問いに私が首を横に振ると、母は顔色を変えた。

 そして「二度とそんな嘘を言っちゃダメ。ママ、噓つきは大嫌いよ」と鬼の形相で冷たく言い捨てたのだ。

 子ども心に私は察した。『運命の赤い糸』の話は、金輪際誰にもしてはいけないのだと。


 成長するにつれ、糸はますますはっきりと見えるようになっていった。

 これがどういうことかというと、人の数だけ存在する糸に視界を遮られ、ろくに前が見えないのだ。糸は、あらゆる空間にぐちゃぐちゃに張り巡らされている。

 糸に阻まれ遠くが見えない私は、周囲から目が悪いと勘違いされてしまった。

 本来見えなくていいものが見え、それが視界を覆っているなんて、誰が信じてくれるだろう。


『運命の赤い糸』を日常的に見ていくうち、悟ったことがある。仲良し夫婦や愛し合う恋人が、必ずしも赤い糸で繋がっているわけではないのだ。心から信頼し合い寄り添う、はた目にも羨ましいほどの二人ですら。

 運命の人は別にいて、けれど出会う機会がないままに人生を終える人の方が、実は多いのだろう。

 母に「ママとパパは繋がってない」と伝えた時に彼女は顔色を変えたけど、あれはレアケースでもなんでもなかったのだ。

 運命の人でなくても、人は存外やっていけている。


 私は自分の小指を見る。そこにもどこかへ向かって真っすぐにのびる糸がある。ぐちゃぐちゃに交差し合う赤い糸の作る壁に阻まれ、糸の先は見えないけれど。

 いつか会いに行こう。運命の相手というのを見てみたい。

 願わくば、私が辿り着くのを待っていてくれますように。


 ―完―

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ぐちゃぐちゃに絡む運命の向こうに 香久乃このみ @kakunoko

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