ぬいぐるみ修復屋さんの生涯

ひなた華月

インタビュー『ぬいぐるみ修復屋さんの生涯』


ああ、どうも。お忙しい中、私なんかの為に足を運んで頂きありがとうございます。


いや、もう私も70歳を超えてしまいましてね。この通り、もう身体も思うように上手く動かんのですよ。おっと、ジジイの不健康自慢なんて、お若いインタビュアーさんに話すことではありませんな。


はい……はい……ええ、まさか私なんかがドキュメンタリー番組の密着取材を受けるなんて思ってもみませんでしたよ。なんせ、小さな町のオモチャ屋さんを続けていただけの男ですからね。


ははっ、分かってます分かってます。聞きたいのはそっちの仕事ではなく、私が趣味でやっていた「ぬいぐるみ修復」の話ですよね?


いえ、これが趣味というよりはオモチャ屋の延長線上でおこなっていたことなので、私にとっては自然の流れというか、そもそも初めにこの修復屋を始めたのは妻なんですよ。まぁ、妻はもう20年も前に天国へ旅立ちましたけれどね。


ただ、妻が亡くなってからも、大事なぬいぐるみを修復してほしいという子供が私のおもちゃ屋に足を運んでくれるんですよ。その悲しそうな顔を見てしまうと、無下に断ることもできませんからね。これでも手先は器用でしたので、そのまま妻のやっていた修復屋を続けて、今に至るというわけです。


えっ? あなたも私の店に来たことがある? ああ、はいはい、覚えていますよ。そのときはまだ、妻が修理をやっていて、お母さんから貰ったテディベアを直したような気がするのですが……。やっぱりそうですか! いやあ、あの時の女の子が、もうこんなに大きくなっていたんですね。


へぇ……ご結婚して、今はお子様もいるのですか……。それに、あの頃修理したぬいぐるみを、今ではその子が持っていると……。そうですか、お子様が喜んでくれているのなら、私の仕事も意味があったのでしょうね。


ただ、今はインターネットからの依頼があって、その数にも驚いています。正直、おもちゃ屋をやっていると、すぐにおもちゃを壊してしまったり、失くしてしまったりする子供が多いんですよ。私は、それを見て悲しい思いをすることがあるのですが、ぬいぐるみを修復してもらった子は、とても大事にしてくれるんですよ。


確かに、今は新しいオモチャやぬいぐるみなんて簡単に手に入るのでしょうが、私と妻が生きていた時代は、そういったものも非常に高価なものでしてね。いくら私たちがオモチャ屋を経営していたとはいえ、子供にも物は大切にしろと口をすっぱくして教えていました。


えっ? 私たちに子供がいたことを知らない? ええ、それは当然ですよ。



だって、私と妻の子供は、30年前に交通事故で亡くなってしまいましたからね。



いえいえ、別に隠していたわけでもありませんし、気分を悪くするような話題でもないですよ。何せ、もう随分と昔の話ですしね。


ただ、妻は違っていたようでしてね。娘が亡くなってからも、最後まで持っていた熊のぬいぐるみをとても大事にしていたんですよ。車に轢かれてせいでボロボロのはずなのに、娘は死んだあとも手にしっかりと握っていて……。


お恥ずかしい話なのですが……娘は少し他の子供たちと仲良くすることが苦手でして、仲間外れにされていつも公園で一人でいるような子でした。その事故の日も、大好きなぬいぐるみと一緒にお出掛けしただけなんでしょうね。


ですが、娘が帰ってくることは二度となく、私たち夫婦に残されたのは、この熊のぬいぐるみだけでした。それから妻は、殆ど家に出ることはなくなってしまいましてね……先ほども言ったのですが、妻は病気などではなく、自ら命を絶って娘のところへ行ってしまったんです。


……ああ、すみません。最後にこんな湿っぽい話になってしまって。ああ、もう時間ですね。では、最後にあなたにお伝えしておかなければならないことがあります。


以前、私がぬいぐるみの修理をする前は妻がおこなっていたと言いましたよね? それで、妻が亡くなってから知ったことなんですが、妻は熊のぬいぐるみの修復をする際に、そのぬいぐるみの中に発火性の爆弾を仕掛けていたんですよ。


いや、もう本当にびっくりしましたよ。そんなこと、映画か小説だけの話かと思っていましたし……。ただ、妻がどうしてそんなことをしたのかは、死んでいく最後の言葉として残してくれていました。


妻は、娘に友達をプレゼントしたかったといいました。娘と同じように、熊のぬいぐるみを大切にするような子供なら、娘とも友達になってくれるんじゃないかと言っていましたよ。


いや、本当に申し訳ないですよ。ただ、私も妻や娘を愛していましたからね。妻を犯罪者にしたくなかったので、ぬいぐるみの修復屋は継続して、もう一度ぬいぐるみを持ってくる子には、その爆弾を取り除いて返しました。


それでも、妻は名簿などは作っていませんでしたし、まだ爆弾の入ったぬいぐるみが全国に残っているかもしれません。それだけでも不安なのですが、一番困ったことがあったのは、私の心境の変化ですかね?


どうも、私も自分の死が近づくと、おかしな考えをするようになってしまったようでね。友達を作ってあげたいという妻の気持ちが、少しずつ理解できるようになってしまったんですよ。


だから、最後くらい妻のわがままを聞いてあげてもいいのかと思いましてね。


そういえば、あなたも熊のぬいぐるみを妻に修理してもらっていましたね? それからは私のところに持ってきていないということは……そうですね、まだ爆弾は残っている可能性は非常に高いと思いますよ?


それに、先ほどテレビのニュースで速報が流れていたのですが、どこかの民家で爆発事故があったそうですよ。いやあ、怖い世の中になりましたね……。


ああ、はい。もうインタビューは宜しいですか?

急いで帰るとは、子供想いのお母さんですね。

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