ぬいぐるみっく!!
感 嘆詩
ぬいぐるみっく
だって知らなかったのだ!人間が泥のお団子では生きられないことに!聴診器を当てただけでは病気なんか治らないことに!おままごとではあの子を救えないことに!だから私はあの子が、だんだん痩せ細っていくあの子のために。風邪をひき、肺炎でそのまま亡くなる所だったあの子の為に。
ぬいぐるミュータントにおいて原初に近い性質を持つ系統、ぬいぐるミスト。微細な機械の集合体が正体であるそれらは、ミストの名よろしく霧状に、あるいはネズミやコウモリのような小動物、あるいは人間の少女と自在に姿を変えられる。まるで物語に出てくる吸血鬼のように。その、ぬいぐるミストの中でもいっとう強力なりしフォグ・レットは、さらに、まるで吸血鬼のように、
その在り方はクリストフには到底相容れないものだった。
ぬいぐるミスト、フォグ・レットは追い詰められていた。
「ーーーー」
物言わぬ黄色い熊のぬいぐるみ姿のハニー・ザ・フゥが吊り糸を翻し、霧になれるはずの彼女の肉体を削っていく。
ハニーの恐るべき、ある行使によって変幻自在のフォグレットは本来の力を十全に使えず、公平な勝負と認められる範囲までその力を削ぎ落とされているのだ。
多くの同胞を狩ってきた名うての
この歴戦のコンビによって、フォグ・レットの根城たる旧避難シェルター跡地、《棺桶の土くれ》は戦場となっていた。
「おのれクリストフ!多くの同胞たちのように、私もまた壊すというのか」
「そうさ、フォグレット。さあ、踊ろう、おバカなフゥ!」
芝居がかってクリストフが糸を広げ、ハニーザフゥが舞う。フォグレットの片手が吹き飛んだ。集合体でしかないその肉体は再び元の姿へと戻るが、このままでは彼女の眷属、彼女の視点で言えば《保護》した愛しい人間たち、に被害が出る。
この、人間殺しすら厭わない
「フゥ!《第一幕・
「ぐぅぅ!」
ハニーザフゥがその形状を変え回転、フォグレットが更に削られる!
「(ぐぅぅ!このままでは、ッ!?不味い!)」
わらわらと、それらぬいぐるミュータントの戦いを取り囲むように輪を作っているフォグレットの眷属たち、その中からふらりと、一際小柄なものが前に出てきた。
「ダメ!シュガー!逃げて!!」
反射的に動きを止め叫ぶフォグレット。その隙を逃すクリストフではなかった。
ハニーザフゥの回転が更に加速、フォグレットの肉体が2つに千切れる。何の能力か、その霧状の肉体の集まりが遅い。
咄嗟に庇ったシュガーを見る。その体には傷一つない。いつも通り、小柄な少女の姿。
「良かった。シュガー」
「うー。あー」
いつも通り、肉体のほとんどをフォグレットの、ぬいぐるミストの微細マシンで置換した金属の手足。お腹は大きく膨れ上がり、その股からは水が流れている。
「ああ!シュガー!?」
愛しいシュガーの異常を見つけるフォグレット。慌てて近寄ると、小柄なシュガーの股からはするすると、5つばかりの小さな肉塊が零れ落ちた。
「「「「「うー。おぎゃあ。うー。おぎゃあ」」」」」
「ああ、良かったね!生まれたね!また家族が増えるねぇ」
愛しくシュガーの頭を撫でるフォグレット。
フォグレットは知らなかったのだ。人間が泥のお団子では生きられないことに。聴診器を当てただけでは病気なんか治らないことに。おままごとではあの子が痩せ細って行くだけなことに。優しいあの子が私の無知を、私に悟らせずにいたことに!
まだこの跡地《棺桶の土くれ》がきちんと避難シェルターだった頃に出会ったシュガー。彼女が慢性的な栄養失調による風邪、そこから肺炎で死ぬ寸前の、熱にうなされていた時の言葉を思い出す。
「家族が欲しいなフォグレット。ボクの子で、世界中を埋め尽くすくらいに。いっぱい」
ああ、哀れなシュガー。健気なシュガー。強く生きて、と願われた為に、天国の父母に会いたいとは決して口にせず、寂しさを紛らわすように代わりのように願ったそれ。だからフォグレットは、世界中を埋め尽くすために、すぐに、たくさん、むげんに生めるようにしてあげたのだ。
正確には、原初に近いぬいぐるミストと言えども彼女のもつノウハウでは、精虫の刺激によって細胞分裂を促す、つまりはシュガーのクローンを生み出す擬似的な出産までしか行えないのだが、それでもシュガーの息子たちはどんどん増えて、やがて、あっという間に世界に満ちていくだろう。
その在り方はクリストフには到底相容れないものだった。
「もう、増えないよフォグレット。君のおままごとは、今日ここで終わるのさ」
させるわけにはいかない。シュガーの、小さく可愛らしい頭を撫でる。フォグレットは覚悟を決めた。
周りを見る。シュガーの子、あるいはボディーガードも兼ねて新たに他所から連れてきた家族たち。彼らがいれば、シュガーに危害が加えられることもないだろう。何より、寂しくない。
私には彼女が必要だけど、彼女には私はもう必要ないのだ。寂しいけれど、ここでお別れ。
「人間殺しの
フォグレットの肉体が熱を発する。クリストフ、相手の体は、ほとんど有機物の塊。その霧状の肉体を高速振動させ、熱で変質させてしまえば、クリストフのおままごとを終わらせることが出来る。
もちろん、相手は歴戦の
だが、フォグレットがその体を、微細な機械の集合体であるそれを全て攻撃に振り分けてしまえば、今の少女の姿も、あの子との大切な記憶も、現在の自分を構成する全てを保持せず、全てを生産と熱放出に振り分けてしまえば、この恐るべき破壊者だって壊しきれるはずだ。
蒸気で壊れるまで壊し続けるただのマシンになってしまうけど。クリストフさえ終わらせてしまえば、それすらも出来ず霧散して消えてしまうだろうけど。
フォグレットはまだ意識、意識が残っているうちにシュガーを見る。生まれたばかりの息子たちと一緒に地面の土くれを食べるあの子を。もう、聴診器がなくても病気にならない。泥団子を食べて生きていけるあの子。湧いてくる愛しい気持ち。自分の全てを擲って構わないと改めて思う。
愛。無私の心。あの子の両親が命にかえてあの子を救った心。
私のこれが愛であるならば、私にも、
もし魂が私にもあるならば、
「いつか生まれ変わって会いに行くから、また、ぬいぐるみの私を愛してね」
愛しい人間。私たちぬいぐるミュータントは本質はどこまでもぬいぐるみ。人間に愛されるために、人間が愛するために生まれてきたのだ。どうか、愛して。
フォグレットの熱が増す。熱の霧がクリストフに遅いかかる!
「さあ踊ろう。愛しのフゥ」
《クリストフの恋人》ハニーザフゥがフォグレットとクリストフの間に割り込む。ただそれだけで霧が文字通り霧散。フォグレットの熱が消える。ハニーの恐るべき行使。ここまでの効果を発揮するものなのか。
「《クリストフの恋人》!?お願い。やめて!私たちを見逃して。あの子を殺さないで!!」
「ーーーー」
無言で佇むハニーザフゥ。クリストフが後ろからフゥを抱きすくめ、パペット遊びのように一人芝居を始める。
「なになにハニー?うん、うんうん」
可愛らしく小首を傾げ、こしょこしょと呟く、動きをさせられるハニーザフゥ。
「『ぬいぐるみは1つで十分』だってさフォグレット」
「……人間は?」
ハニーで人形遊びをしながらクリストフが笑う。
「人間も1人で十分かな」
ふたりだけで完結するコンビ。人間殺しも厭わない
「クリストフゥゥゥゥ!」
即座に体を変化。無数の蜂となったフォグレットはハニーザフゥを避けてクリストフへと殺到する!咬み破り突き刺し、無数の羽を震わせ今度こそ壊すために!あの子を守るために!
「フゥ。第二幕・
恐るべき強力なりしぬいぐるミスト、フォグレットの残骸からデータを吸い出す。
ぬいぐるミミックたる自分、人間社会への適応と模倣に特化していた自分には戦闘能力はなかったが、だからこそこうして他のぬいぐるミュータントのノウハウを手にして力をつけてきた。愛しい人間を守るために。
「ーーーさあ、もう大丈夫だ」
フォグ・レットのノウハウから微細な機械を注入。肉体を機械に代替しながら病気を直すその機械を。
「愛しいハニー。少なくともこれで進行は止まるはずさ」
黄色いぬいぐるみ姿のハニー・ザ・フゥの頭を撫でるクリストフ。肉体のほとんどを捨て、脳だけになった愛しいハニー。その頭を、人間社会で
「今は現状維持だけかもしれないけれど、老人性ちほう症だとかいうビョーキも、いずれ治るよハニー」
文明のあらゆる武器、兵器を無効化するぬいぐるミュータントたちであるが、その本質はぬいぐるみ。人間からの《遊びのお誘い》は断れない。遊びは一方的では詰まらない。だから霧状の体にダメージを与えられたし、人間たるハニーが致死に至るような攻撃は全て無効化される。
多くのぬいぐるミュータントたちを破壊してきた、ふたりの常套手段である。
かつては、若く肉体を持っていた《クリストフの恋人》ハニー・ザ・フゥと、彼女に操られた《マスターパペット》クリストフの《お人形あそび》によって《遊びのお誘い》を行使していたが。
知らなかったのだ。人間が泥のお団子では生きられないことに。聴診器を当てただけでは病気なんか治らないことに。人は、老いて死んでいくことに。それは病気でも何でもなく、自然の摂理だということに!だから私はあの子が、だんだん老い痩せ細っていくあの子のために。風邪をひき、肺炎でそのまま亡くなる所だったあの子の為に。
「わたしハニー。あーそびーましょ」
「うんうん。ハニー。一緒に遊ぼうね。ずっと、ずっと」
幼い頃に戻ったように、記憶を中を何度も辿るように、頻繁に遊びに誘うハニー。
ぬいぐるミュータントのその本質はぬいぐるみ。私たちは人間に愛されるために、人間が愛するために生まれてきたのだ。
勿論、愛しかた、なんて人それぞれであるが。
ぬいぐるみっく!! 感 嘆詩 @kantananaomoshiro
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